家にて、お互いの長所を活かし合う

 

「あのくそ教師こんなバカみたいに難しい宿題を1日で終わらせろとか……」


 本来であれば夜ご飯を作り始める午後6時過ぎに、俺は食材に一切手をつけずにシャーペンを握って数学の問題集に目を向け続けていた。


 うちの学校は特進クラスを設置しているだけあって勉強には熱心な方と言えるだろう。ただ、時々特進クラスで行われているようなハイレベルな授業を普通科にも受けさせられることがあり、このざまである。


 のどかみたいなスポーツで優秀な成績を残していれば多少は許容されるのだが、あいにく俺は何もない普通の生徒なので……真面目にやらざるを得ない。


「うう……ん?」


 もう頭がショート寸前に陥りそうな時、コンコンとドアのノックが聞こえてくる。もしかして……。


「こんばんは、佐久間くん」


 予想は大当たり。聖女さ……九条さんが、何やらケーキでも入っていそうな箱を持ってドアの向こう側に立っていた。


「これ、今日のお礼です。駅前にケーキ屋さんが新しくできていたので」


「お、お礼なんていいのに……。それにこれ、高そうだし、九条さんは大丈夫なの?」


「大丈夫です。むしろこんな方法でしかお礼ができませんから……」


「十分すぎるよ。ありがとう、あとで一緒に食べよう」


「え……。で、でもそれは佐久間くんのために……」


「一緒に食べたほうが美味しく食べれる」


「……ふふっ、佐久間くんらしいですね」


 九条さんは少しだけ恥ずかしそうに、だけど嬉しそうにニコリと笑ってくれた。


「……あ、ごめん。実は今日はまだご飯を作り始めてないんだ。宿題が難しすぎて時間がかかりまくってる」


「宿題、ですか? ……そ、それじゃあ私が手伝いますよ」


「え、いいの?」


「それでしたら……私も佐久間くんの力になれますから」


 九条さんは瞬き一つせず、俺の目をみてそういう。確かに九条さんは特進クラスでもトップの成績をとる才女。きっとこのことに関してはこれ以上ない助け舟であろう。


「それじゃあ……お願いするよ」


「はい、任せてください」


 コクリと九条さんは頷いて、そして初めて自ら俺の部屋に入ってきた。


「ここはこうしてこうすればいいんですよ」


 案の定、九条さんの教え方は神の導きと言っても過言でないぐらいうまかった。問題の解き方をただ教えるのではなく、しっかりと手順を細かく教えてくれるためスルスルと問題が解けていく。


 特進クラスのトップの実力がここまでのものであるとは……。


「お、終わった……こんなにも早く……」


 九条さんの導きのおかげで、俺は1日かけても終わらないと思われた宿題を一時間も経たずに済ませることができた。


「お力になれてよかったです」


「本当に頭がいいんだな九条さん……。一体どうしたらそんなに頭が良くなるの?」


「……小学生の頃から、塾に毎日行ってましたから」


「今も?」


「今は……行ってません。私が親に行きたくないと拒否したので」


「そっか……」


 小学生の頃から毎日塾とか考えられないな。俺がガキの頃とか毎日実家でのどかをはじめとした友人たちと毎日泥だらけになるまで遊んでたし。もし俺がそんな生活を送る羽目になったら……ああ、毎日が逃げ出したくなるな。


「よし、それじゃあご飯にしよう。九条さん、ちょっと待ってて」


 俺が想像するだけで嫌な思い出なんか深追いする必要はない。それよりは飯だ飯!


「! ……はい、待ちます。」


 ほんの一瞬、九条さんは目をパチリと丸くして見てこちらを見てくるも、すぐに姿勢良く座布団に座り、行儀よく待機の状態に移る。


 予定より早く宿題が終わったとはいえもう七時はすぎている。今から手の込んだ料理を作ることは無理だろう。だとしたら手間もかからず美味しく仕上がる……


 鍋にしよう!


 まず冷蔵庫から豚バラ肉、キャベツ、もやし、えのき、ネギを取り出す。豚バラやキャベツを食べやすいサイズに切り刻み、えのきを大まかにほぐしていく。そして鶏がらスープの素と水、みりんを混ぜ合わせ、一旦それをはじにおき、温めておいた鍋にごま油を入れ、ある程度したら豚バラを入れる。


 肉の色付きが変わるぐらいに一旦肉を取り出し、さっき用意しておいた野菜を入れ、それを入れ終わると今度は作っておいたスープを入れて10分間ほど煮る。


 その間にポン酢にネギを入れ、少し味に刺激を加えるためにラー油を入れておく。さてと、あとはお箸とかを用意すれば……


「お箸はここでしたよね?」


「あーそうそう。そこ……ってあれ? 九条さん?」


 用意しようとしていたところに、先ほどまで座して待っていたはずの九条さんが食器を取り出していた。


「……もう覚えちゃいました。これからは私が食器とかを準備します。それぐらいしないと、佐久間くんに申し訳ないですし」


「わ、わかった。ありがとう」


 なんだか同棲でもしてるかのようなことを言われたな……。い、いやそれは俺の思い上がりか。


「よし、できた」


 それから数分後、ちょうど良い具合に鍋が完成して、蓋をあける香ばしい匂いをまとった湯気がブワッと部屋の中に広がっていく。


「!!!」


 その匂いをいち早く感知した九条さんの顔には、早くも笑顔が溢れ始めていた。


「さてと、お待ちどうさま」


 鍋をちゃぶ台の上におき、いよいよ食にありつく準備が完了した。これからすることはもう一つしかない。


「「いただきます!!」」


 最後のやるべきこと、食事を始める際の挨拶を済ませ、俺たちは次々と鍋から肉やら野菜を取り出していく。


 ああ、程よくスープによって味付けされた肉や野菜が一工夫加えたポン酢につけることによってさらに味を深くしていく。


「!!!!!」


 そして相変わらず九条さんは顔だけでもう至福のひと時を過ごしているとわかるぐらい幸せそうな顔をしている。ほんと、この笑顔があるからこそさらに食が進むわ。


「本当に美味しい……美味しいです。佐久間くんは一体どうしてこんなに美味しいご飯を作れるんですか?」


「え……な、なんでと言われても……」


 ふと九条さんがポツリと、一旦食事の手を止めて俺に質問を投げかける。


 その質問について考えて見たものの、俺の料理の腕はプロはもちろん、料理を専門的に学んでいる人らに比べれば大したものではない。だから正直人様にアドバイスとかをできる立場ではないだろう。


 ……あ、でも一つだけあるかも。


「まあ……多分、九条さんみたいにお腹をすかせて俺の料理を待ってくれてる人がいるから、頑張れるんじゃないかな」


 昼の弁当もそうだ。のどかがお腹を空かして俺の弁当をつまみ食いすることがわかっているから、いつも多く弁当を作ることは苦じゃないしむしろ楽しい。


 それと同じで、九条さんに作る料理はとっても楽しい。だから……満足してもらえる味に仕上がるんだろう。……な、なんか気取ってる考えかもしれない。言った後で猛烈に恥ずかしくなってきたぞ……。


「……やっぱり、佐久間くんは素敵な人です」


「ど、どうも……」


 俺の返答に九条さんは納得したのか、ご飯を食べている時とは違い、かといって前まで見せていた形作られた笑顔ではなく、柔和な微笑みを俺に向けて改めてご飯に手をつけ始める。


 あ、危ない……。初めて見た新種の笑顔に頭の中を真っ白にされて、さらに心臓が猛烈にドキッとした。


 これが学校一の美少女が持つ魅了の力か……気をつけよ。

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