青空の下にて、お弁当を二人で食べる

「ごめん翔。今日から一週間生徒会の会議が続くらしくてしばらく昼飯一緒に食えない」


 四時間の拷問が終わり、昼休みに入るというところで冬馬にそう宣告された。


「生徒会ってそんなに忙しかったっけ?」


「いや……今の生徒会長が無駄に意識高くてな。まあ大方有名大の推薦をなんとしてでも手に入れるためなんだろうが……そんな下心丸出しとはいえいかないとまずい」


「ああ……お気の毒に」


 そういえば今年の生徒会長は演説の時も黄金の看板をかざして学校の改革を訴えていたな。プールを温水にするやら学食にステーキを入れるやら。今になってもそうなる予感は皆無だが。


「なになに? 冬馬くん生徒会で昼休みいないの? そしたら翔が一人ぼっちになっちゃう……かわいそう……」


「う、うるさいのどか!」


 そして一連の会話を聞いていたのどかは、俺の顔をニヤニヤとした顔で見ながらからかってくる。


「ああ実に不憫なやつだよな。ということで橘さん、翔と二人きりで飯を食べてやってくれ」


「え、ええ!?」


 冬馬のやつ、まさかののどかに俺を任せるとは……。な、なんかここまで不憫なやつ扱いされるとはちょっと僕のメンタルにくるものがありますよ。


「……そ、そうだね! かわいそうな翔のために今日はつきっきりで弁当を食べてあげる! 覚悟してね!」


「そんな覚悟したくない!!!」


 これはもう弁当が残ることを期待してはいけないな。……そういえば、のどかと二人きりで飯を食うなんて久しぶりな気がする。この歳になると異性と二人きりという場面は……いや昨日おとといとあったわ。


「おーいのどか。今日英語の小テストの追試でしょ? 一緒に行こー」


「……あ」


 のどかと同じ女子サッカー部の女子が、筆記用具を持ちながらのどかに話しかける。ああ、そういえばのどか小テストで0点連発したために昼休みに行われる強制追試に引っかかってたな。


「…………い、行こうか」


「だ、大丈夫? めっちゃ顔色悪いけど……」


「う、うん……平気」


 本人はそれを忘れていたようで、ハッと顔が青ざめては足元がおぼつかない様子でふらふらと追試会場に向かっていった。そ、そんなに追試が嫌なのか……。


「サッカーのゴールは決めても、こいつのゴールは外しまくりか……」


「? どういうこと?」


「いやいやなんでもない。ま、今日は屋上ででも飯を食べときな。鍵渡しとく」


「え、なんで持ってるの? てか渡していいのか?」


「たまーに彼女と屋上いくために副会長権限で持ってるんだ。ま、お前ならちゃんと返してくれるだろうし。ささ、アニメみたいなランチタイムを味わってこい」


 さらっと冬馬から自慢をされたが、屋上の鍵をもらえたのは素直にありがたい。俺も一度は屋上で気持ちよくご飯を食べてみたかったんだ。


 そんなわけで、俺は普段誰もいかない屋上に弁当を持って向かう。階段を上るにつれ人の数が少なくなり、そしていよいよ屋上に通じる階段を登っていくと……。


「……あ、あれ?」


「……!!!」


 そこには屋上のドアの前で、ポツンと階段に座りながらコンビニのおにぎりを頬張る聖女様の姿があった。


「……ど、どうして佐久間くんがここに……?」


 明らかに動揺した様子で、聖女様は俺に問いかける。


「い、いや屋上で昼ご飯を食べようかと思ってきたんだけど……」


 聖女様からの質問に俺はこうとしか返すことができない。なにせこれ以上の理由もこれと言ってない。むしろ、こちらとしては聖女様がどうしてここにいるのかということが気になる。


 ただ、それを聞くのは彼女にとって余計なお世話だろう。それに昨日冬馬の話によると聖女様はいつも教室で昼ご飯を食べていないと言っていた。


 つまりは……普段からここを利用している可能性がある。


 となると彼女にとってここは神聖な場所なのかもしれない。それを壊すことは聖女様にとって最悪の状況だろう。だとしたら……。


「い、一緒に食べない? 屋上で」


「……え?」


 俺は聖女様のことに関しては何も聞かず、飯だけ一緒に食べようと言った。


「普段俺のおかずをつまみ食いしてくるやつが今日追試でいないんだ。いつもそいつが食べる分を考慮して作ってるから、俺一人じゃ食い切れる自信もない。だから一緒に食べて欲しい」


「で、でも私もうお昼ご飯は……っ!」


 夜にぐーぐーとお腹を鳴らす聖女様がお昼にコンビニのおにぎり一個で足りるわけがない。案の定聖女様のお腹は空腹を訴える。すると聖女様は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも……。


「……た、食べましょう」


 立ち上がって、聖女様は俺から鍵を受け取りドアを開けて屋上に入る。


「おお!」


 屋上は特に見栄えのいいオブジェなどはなく殺風景な雰囲気だが、そこから見える景色はまるで自分が神にでもなったかのように、爽快感もあり開放感もあった。


「す、すごい……」


 聖女様もこの景色を魅力的に感じたらしく、目の奥が輝いていた。


「それじゃあ食べようか。今日は出し巻き卵とソーセージがおかずで、あとはブロッコリーと白米。それとデザートにりんご。王道中の王道と言った感じの弁当だけど……」


「美味しそうです! ……あ」


 聖女様は考えるよりも先に言葉が出てしまったという感じだ。それだけ楽しみにしてもらえているならこちらとしても嬉しい限りだわ。


「い、いただいても……いいですか?」


「ああどうぞ。はいこれ割り箸」


 箸を忘れた時ようにいつも弁当袋の中に割り箸を入れていたのがこんなところで役に立つとは。


「ありがとうございます。あ、これを敷きましょう。これなら一緒に食べれますよ」


「おお、ナイスアイデア」


 聖女様はコンビニでもらった袋を床に敷いて、弁当をそこにおく。なんだかピクニックみたいで気分も高ぶる。


「い、いただきます……。 !!! やっぱり美味しい!」


 昨日おとといとみた聖女様のご飯を食べるときに見せる笑顔。やはりすごく素敵な表情で、見ている俺まで幸せにしてくれる。


「さてと、俺も食べますかね」


 そして俺も箸で食べ物を掴み、ばくばくと口の中に運んでいく。うん、甘めに味付けした卵焼きが口の中で優しく甘さを出している。これが出来立てのふわふわならもっと美味しかっただろうに。


「!!!!!」


 ……まあでも、聖女様がすごく美味しそうに食べてくれてるからいいや。


「ごちそうさまでした!」


 二人で食べた分、あっという間に弁当はなくなり、そのため昼休みが終わるには結構時間が余ってしまった。あーこのあと何をするのか一切考えてなかったな。


「……今日もありがとうございました」


 そんな考え事をしてる中、聖女様はこちらをみてご飯を食べていないのに表情が満足そうに笑っていた。


「え? い、いや俺から誘ったからそんなお礼とかは」


「本当に、佐久間くんは優しいですね。私がどうしてあそこにいたのかも聞かずに、ご飯を食べさせてくれるんですから」


「そりゃ九条さんがお腹をすかせていたからだ。それに九条さんがどこにいようが、俺の飯を食べる九条さんの笑顔、いつだって見たいからな!」


「……ほんと、このままじゃ餌付けされちゃいそうです」


 なんか聖女様から一生出てこないであろう餌付けというワードが出てきた。でもよく考えれば俺のやってることってそう言えるよな……いや、そんなつもりは一切ないけど。


「……私、全然聖女と呼ばれるような人間でもないですから大したお礼もできないですけど……ま、またご飯を食べに行っても……いいですか?」


 少しだけ、聖女様は自らを自虐した物言いをしながら、緊張しているからか目線をあちこちに飛ばしながら初めて自ら俺のご飯を求めた。


 もちろんご飯のことに関しては構わない。でも……聖女と呼ばれるような人間じゃない、という言葉がどうしても引っかかる。


 正直凡人の俺からすれば彼女にその比喩はぴったりだと思う。だけど本人としてはそう

 思えない何かがあるのかもしれない。けれどもう学校では【九条すみか=聖女】という認識が定着している。


 もしかしたらそれが負担になっているのか……? だとしたら……


「ああ、もちろん。九条さんは九条さんなりにできることでお返ししてくれればいいよ」


 俺が聖女様のイメージで関わりあうことも、彼女にとって負担なのかもしれない。だから俺は、聖女様ではなく九条さんとして接した。


「……!!!」


 九条さんの可愛らしい目が驚きを隠せずにパチリとまたたく。そしてじっとこちらを見つめては、徐々に、徐々に口元が上がっていき……


「はい! ありがとうございます、佐久間君!」


 彼女はご飯を食べている時と同じ笑顔で、俺に微笑みかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る