家にて、カレーの魔力を体感する

 学校からの帰宅途中になんとなく、カレーが食べたくなった。特に具体的な理由はないんだけど、体が砂漠の中で水を求めるがごとく、カレーをよこせと訴えてしゃーない。


 というわけで今日はカレーを作ることにした。


 まだ時刻は5時台だが、作るからにはしっかりと作りたいため、もう早めに作り始める。まずは貴重なロース肉を食べやすい大きさに切って、肉の表面を焼いていく。そしてあらかじめ別の鍋に入れておいたカレーの王道野菜、じゃがいもとにんじんと一緒に入れ、弱火で煮ていく。


 そして少し経ったあたりに隠し味のバターを入れて、改めてコクコクとじっくり弱火で煮ていく。まあとろとろにしたいし、最低でも一時間は待とう。その間に宿題とか済ませておけばいいし。もちろん火はちゃんと見る。


 そんなこんなでちゃぶ台に筆記用具などをおいてやろうとするも、まあやるわけもなく……気づいたらスマホを二時間ぐらいいじってた。いやーこれがスマホの悪魔的側面だよね。俺は悪くない。


 ただ、煮込む時間としてはちょうどいい。仕上げのカレールーを入れて、部屋中にスパイシーな香りが充満してきた。ああ、ようやくお待ちかねのカレーにありつける。きっとこれが砂漠の中でオアシスを見つけた人の気持ちなのだろう。


 さて食べよう……とお皿にカレーを入れようとした時、家のドアからノックの音が聞こえる。なんかアマゾンで頼んだかな?


「はーい……って聖女さ……九条さん!?」


「そ、そんなに驚かなくても……。お礼をするために今日また来るって朝に言ったじゃないですか」


「そ、そういえば……」


 カレーにひたすら夢中で忘れてた。そういえば朝にそんなことを言われていた気がする。てか本当に俺の隣に住んでいたんだな……なんか、ようやく実感できた。


「こちら私が好きな紅茶のパックとお菓子です。佐久間くんのお口に合えばいいのですが……」


「あ、ありがとう」


 普段俺が食べるようなお菓子よりグレードがワンランク上と思われるものをお礼として渡すだなんて……さすがの気遣い。ますますこのアパートに住んでいる理由がわからない。


「それじゃあ私はこれで……」


 そしてマニュアルに載っていそうな完璧で丁寧な笑顔を見せながらぺこりとお辞儀をして、聖女様はその場を去ろうとするも……。


「……う、うう」


 食事を求める体の悲鳴が、聖女様から聞こえた。のどかが言ってた通り、女子は意外と食いしん坊ってのはあながち間違いじゃないのかもしれない。


「食べていく? ちょうどカレーができたところなんだ」


 またノリで、聖女様を誘ってしまった。だけど正直昨日見せてくれた聖女様のあの笑顔が、また見たい。そんな動機が俺の口にそう言わせたんだろう。


「か、カレー……。い、いやいやいや2日続けてお世話になるなんて……う、うう」


 聖女様のお腹の悲鳴が止まることを知らない! しかもよく見れば必死によだれをこらえようと口元を食いしばってるじゃないか。そ、そんなに己の欲求に従いたくないのか……。のどかと違って真面目だなあ。


「九条さんすっごくいい笑顔でご飯食べてくれるから、俺も嬉しいし、またその笑顔を見たい。だからこれは俺個人のお願いでもあるんだ」


「わ、私の笑顔が……?」


「うん、さっきの整った笑顔じゃなくて、ご飯を食べてる時に見せる心から嬉しそうな笑顔」


「……そ、そうですか……? ……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 ようやく観念したのか、聖女様は顔を真っ赤にしつつ俺の家に入ってくる。カレーの匂いが近づくにつれ、聖女様の口元は自然と緩んでいく。


 そして聖女様がカレーとご対面すると、宝石でも見るかのように目を輝かせていた。


「また汚い座布団で申し訳ない……」


「そ、そんなこと気にしません! 佐久間くんの料理が食べられれば……っは!」


 ぽろっと本音が漏れてしまったのか、聖女様はとっさに口を手のひらでふさぐ。そう思っていただいて実に光栄だ。


「それじゃあ、お待ちどう様」


「!!!」


 そしてちゃぶ台の上にカレーを置き、お互いに食事の挨拶、いただきますというと口の中にカレーを運び始める。


 うん、肉がいい感じにとろけていい感じだ。ジャガイモとにんじんも程よい柔らかさになって食べやすい。それにカレールーのスパイスは相変わらずのクオリティ。カレールーを開発した人はまじで神だ。


「!!!!! 美味しい!」


 そして聖女様も満足してくれたみたいで、昨日見せてくれた、見ているこちらまでも嬉しくなる笑顔をしてもぐもぐとカレーを食べている。


「……ほんと、嬉しい限りだよな」


「え?」


 つい溢れた俺の言葉に、聖女様は一度食べる手を止めて俺に疑問の眼差しを向ける。


「いや、料理を作って誰かに喜んでもらうのってすごい嬉しいことだからさ。特に九条さんはすごくいい顔で食べてくれる。これ以上ない喜びってわけだよ」


「そ、そんな……。わ、私はただ佐久間くんのお料理を美味しくいただいてるだけに過ぎないですし……」


「その、美味しくいただいてくれることが一番嬉しいんだ」


「! そ、そうですか……よ、よかったです。佐久間くんが喜んでくれて」


 ちょっと臭いことを言ってしまった。まあでも本心だし、言っても問題ないだろう。ちょっと聖女様が目線を逸らしてるから、引かれたかもしれないけど。


「ご馳走様でした!」


 それから数分、聖女様はカレーを完食し、ご丁寧に食器を台所に持っていく。


「佐久間くんも食べ終わったらこちらに持ってきてください。私が食器を洗っておきますね」


「え、それぐらい俺がやっておくよ」


「私にも何かやらして欲しいです。佐久間くんのお世話になりっぱなしなのは申し訳ないですし」


 今日はねむりこけることなく、聖女様は理性を保ちながらいられたようで自ら食器を洗い出した。本人がやりたいということで任せたけど……なんか、手つきが不安だ。あんまり慣れてなのか?


「お、おおっと……。危ない……」


 ずるって食器を落としそうだったな。聖女様は完璧ってイメージがあったけど、実はそうでもないのかもしれない。これを直接本人に聞くわけにはいかないけど。


「お、終わりました」

「お、おお。ありがとう」


 食器洗いにかなりの時間が費やされ、ようやく全ての食器がピカピカとなった。


「そ、それじゃあ私失礼します! き、昨日みたいにそのまま寝ちゃうと

 迷惑ですし!」


 そして俺が喋る暇も与えずに聖女様はそのまま俺の家を去った。うーん、やっぱり恥ずかしさがあるのか? 


 ただ、昨日と少しだけ違うところがある。それは……少しだけ、ご飯を食べている時の笑顔が去り際の笑顔にも見られたところだ。

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