第3話 隠密行動は隠密にした方が良いと思います。

「なあレグルス少将。ちょっと聞いていいか?」

「はい。何でございましょう。ララ殿下」

「何故貴様がここにいるのだ」

「勿論、ララ殿下の護衛でございます」

「私に護衛など不要だ」

「いえ、そう言う訳にはまいりません。陛下直系の皇女様をお守りするのが私たち親衛隊の役目でございます」

「貴様が親衛隊だったとは初めて聞いた気がするのだが」

「リゲル出発前に辞令を交付していただいております。私は親衛隊副隊長としてここへ参っております故」

「だからどうして貴様がここにいるのか! 隠密行動を取るべきであろう」

「重々承知しております。正装ではなく旅行者として来訪しておりますれば……地味な服装がお嫌でしたか?」

「服など関係ない! 貴様は、貴様は、顔も体も目立ちすぎるのだ!! 隠密がそんなに目立ってどうするんだ! この、大馬鹿者!!」

「などと言われましても、私のこの顔、獅子の頭部は作り物ではありませぬ故変装するのも難しゅうございます。それにこの体も今更小さくするわけにもいかず、御不満かもしれませんがここは我慢していただけませんか?」

「私は我慢している! もうずっと我慢しっぱなしだ! ところがどうだ。取り囲まれているではないか。皆が興味深く我々を見つめている。これのどこが隠密行動なのか!!」

「ははは。確かに目立っておりますな。しかし、だからと言って喧嘩を吹っ掛けるでもなく遠巻きに見つめているだけでございます。我々はただの旅行者。物珍しいだけでありましょう」

「貴様が物珍しいのだ! 誰だ。このような間抜けな人選を行ったのは!!」

「皇帝陛下でございます」

「ぐぬぬ。父上はクジを引いただけではないか。その責を陛下に押し付けるのは本末転倒であろう!!」

「それは致し方なき事かと。希望者が殺到しましたので何かの方法で選抜しませんと」

「そのクジを考案したのは誰だ!」

「私です。殴り合いでケリをつけるのも一興かと存じましたがここは公平にと」

「貴様だったのか!」

「そうでございます。そして、この案を承諾されたのが陛下でございます。クジを作られたのはネーゼ皇女殿下でありますれば、何某かの法術を用いられているのやもしれませぬ」

「姉さまは何がしたかったのだ!」

「さあ。私にはあずかり知らぬことでございます」


 プンプンと怒りまくっているララ皇女と、事の次第を説明しているレグルス将軍のやり取りは周囲から注目を浴びていた。


 ここは魔法の国、ハドムス帝国の空港である。その空港のエントランスホール。空港の利用者が必ず通過する場所だ。


 そこに降り立った異形の者が注目を集めていたのだが、その容姿は特別に異質であった。獅子の頭部を持つ獣人であり、しかも身長は2m50㎝もある大男なのだ。そしてその獣人を従えているのは小柄な少女だった。金髪の直毛をツインテールにまとめている可愛らしい外見なのだが、その巨大な獣人をあからさまに従属させているのが伺える。


 この二人はどんな関係なのか。何をしにここへ来たのか。

 異質な獣人は帝国の賓客であろうか。それとも何か害をなす禍々しい存在なのであろうか。それを従えている少女はいったい何者なのか。


 そんな思いが周囲の人々の間に広がっていく。

 その時、一人の道化師ピエロが現れた。


「やあやあ。ララ様とレグルス様。大変お待たせいたしました。お迎えに上がりました」


 顔に原色の派手なメイクを施し、衣装もまた原色の派手なものを着用している。

 非常に目立つ装いである。


「ほほう。トリニティ卿は異国の地でもあのような装いなのですね」

「隠密行動にこだわっていた私が馬鹿だった」

 

 レグルスは口を押えて笑い、ララは両手で頭を抱えて座り込んでしまった。


「これはどう考えてもコメディアンご一行様ではないか」

「ララ様、それは良い心がけでございます。人生においては楽しむ事が一番重要なのでございます」

「……もう知らん。どうにでもなれ」


 落胆していたララに、トリニティが止めをさしてしまったようだ。

 

 そんな時である。周囲の人々が急にざわめき出した。

 憲兵隊が周囲を囲んでいたのである。


 小型の盾と槍を携えた軽装歩兵と言った出で立ち。

 その盾にはワシと蛇のマークが描かれている。これが憲兵隊の紋章であろう。


「お前達には国家反逆罪の疑いがある。逮捕する」


 隊長らしき男が叫んだ。

 この男の兜にだけ赤い羽根飾りがついていた。


 十数名の憲兵隊が一斉に槍を構えて包囲した。しかし、ララたち三名は涼しい顔をしていた。ララは大あくびをして瞼をこする。


 隊長らしき人物が一人だけ剣を抜き、ララたちへと向ける。しかし、ララたちは一向に従う気配がない。隊長は焦り始めた。


「大人しくしろ! 両手を頭の上に挙げてひざまずけ」


 隊長の恫喝にもどこ吹く風といった様子のララたちであった。


「なあトリニティ。ここで暴れても良いか?」

「うーん。良いと思いますよ。売られた喧嘩は買うのが常道でございますれば」

「分かった。手を出すなよ」

「あっ。ララ皇女殿下!?」


 レグルス将軍が止めようとするも既に遅かった。


 ララは真っ先に隊長へと突っ込みそのみぞおちにパンチを打ち込む。甲冑の破片を撒き散らして隊長らしき男は後方へと吹っ飛んだ。それから時計回りに七名の憲兵が次々と倒れた。


 ここまでが約1秒。

 これで憲兵隊の半数が昏倒した。


 その倒れた憲兵の槍を奪ったレグルス将軍は、その槍の一薙ぎで七名の憲兵を吹き飛ばした。


 これが約0.5秒。


 憲兵隊は何もできず、少女と獅子の獣人に倒されたのだった。


「手を出すなと言っただろう」

「聞こえませなんだ。まあ、早く片付いたのでよろしいのでは?」

「ふん。トリニティ。案内しろ」 


 レグルスの言葉を無視したララは一向に機嫌が直る気配がない。トリニティが導くまま表に駐車していた馬車に乗り込んだ。トリニティとレグルスもララに続き馬車に乗った。


 そして馬車は帝都中心へと向かう。

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