第2話 トリニティの罠

「皆々様におかれましてもご機嫌麗しゅうございます。私は天空の魔術師。時間と空間を自在に行脚する永遠の旅人でございます」


 再び恭しく礼をする道化師。派手なメイクを施した顔。素顔は到底判断できないが、見た目は人間で間違いがなさそうだ。


「さて、私がここへ参上仕った理由をお話しましょう。よろしいですかな?」


 道化師は笑顔でセルデラスを見つめる。セルデラスは黙って頷いた。


「お許しいただき感謝いたします。まずは魔法の国ベルグリーズでございます。私も魔術師の末席を汚す存在でありますれば、かの国とも親交がございます。そして予てからご依頼のあった件、即ち、地球のエンターテインメントのご紹介でございます。今回ご案内したのは宇宙のアイドルビューティーファイブでありました」


 美少女アイドルユニットであり、またレスキュー隊を兼任しているビューティーファイブは各方面で人気の的であるらしい。そこで25世紀の地球から時空を超えて招待したのだという。しかし、スケジュールの関係でトリニティ自身での送迎が難しかった為、信頼のおける業者へと委託した。この業者がいつの間にか人身売買を生業とする悪徳業者へと入れ替わっていた事に気づいたと言う。


「残念な事に正規の異世界転送業者は殺害され、その魔術転送装置が奪われたのです。連中の目的はもちろんビューティーファイブのメンバーを拉致し、性奴隷として売り飛ばす事。連中はベルグリーズでの公演後に拉致する予定でした。私はその企みに気づき、偽情報を流しました。一ヶ月前にビューティーファイブのメンバーが行方不明となった故、捜索をお願いしたいと」


 この曲者。

 ララの鋭い眼差しがトリニティを射る。


 ララが受け取った情報とビューティーファイブの証言が異なっている理由はトリニティが絡んでいたからだ。しかし、その程度と言っては失礼なのだが、その程度の犯罪行為に対して親衛隊三名と黒龍騎士団を引っ張り出した事は異常事態だ。これは小国なら潰すことができる過剰な戦力だからだ。


「ララ隊長以下親衛隊の方をお呼びしたのはビューティーファイブの公演を5名で実施したかったからでございます」


 上座に座っている男たちは一様に頷いていた。この連中も地球のエンターテインメントに飢えているという事だろうか。わざわざ引っ張り出されたララははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えたのだが、それをおくびにも出さない。そしてトリニティは話し続ける。


「それと同時に、ビューティーファイブにはこんなに強い味方が付いているから手を出したら危険ですよという警告でもあります。それを見せつける為にあの男との試合を仕組ませていただきました」


 あの男。


 シュランメルト・バッハシュタイン。

 ベルグリーズの魔導騎士ベルムバンツェを駆る記憶を失った男。


「我が親衛隊のゼクローザスが二機で挑んで敗北するとは到底信じられない」


 この一言は獅子の獣人レグルスの言葉。

 現在、帝国最強のドールマスターはこの獅子の獣人なのだ。自分なら撃破してやるという自負が垣間見える。そのレグルスに語りかけるのは黒人のドレッドだった。

 

「まあまあレグルス少将。あの魔導騎士ベルムバンツェ自体が特殊な機体であったと報告を受けています。我が帝国で例えるならばクレド様の実体化した姿ではないかと」

「それならば神そのものではないか。実体化したアルマ・ガルム・クレドとゼクローザスが戦闘をしたと言うのか」

「そう解釈すればあの結果も納得がいくでしょう」


 ドレッドの言葉に頷いているレグルスだった。そして再びトリニティが口を開く。


「ゼクローザスがあのように大破するとは私も意外でした。この度の損害については私の責任が多いにあると存じます。申し訳ございません」


 再び深く頭を下げるトリニティ。その彼に声をかけたのはセルデラスだった。


「面を上げてください。トリニティ殿。異世界の神と対峙したのです。搭乗者二名が生還したことで良しとしましょう」

「恐れ入ります。そして一言付け加えるなら、あの男が本気にならざるを得なかった。すなわちゼクローザスが予想以上に強かった為、あのような結果になったと考えられます」


 一同が頷いている。そして最長老のダグラスが語る。


「ふむ。それならば搭乗者二名は褒めてやらねばな」

「御意にございます」


 ダグラスの言葉に笑顔で頷くトリニティだった。


「それでは本題に入ろう。トリニティ殿」


 ララはこれまでが前置きだった事に驚く。彼女は、ゼクローザスを大破させた事への叱責が目的だったと考えていたからだ。そして、改めて気づく。あの唐変木セルデラス馬鹿面の道化師トリニティとグルであった事に。


「趣旨は二点でございます。一つはビューティーファイブ拉致未遂事件の首謀者を特定する事でございます。私はあのベルグリーズ王国と敵対関係にあるあの国が怪しいと考えております。その勢力に異世界をまたにかける犯罪組織が絡んでいる可能性が高い。その牙はここアルマ帝国へも向けられるかもしれません。もう一つはあのベルグリーズの神、いえ守護神であるあの男の監視。本当に守護神であるのかどうか、そしてあの力を他国への侵略行為に使用するのかどうか。その見極めでございます」


 セルデラスはトリニティの言葉に頷きつつ言葉を返す。


「つまり、それは我が帝国の安全保障に大きく関与する案件であると」

「その通りでございます。つきましてはララ様と腕の立つ方を三名ほど私と同行していただけるようお願いいたします。そして私にもその鋼鉄人形を貸与していただくことはできませんでしょうか。魔術師として大変興味があるのです」

「わかった。手配しよう」


 この怪しい馬鹿面の道化師トリニティにあの唐変木セルデラスが一も二もなく同意した。そしてララ達がトリニティと共に捜査活動をすることが決定したのだ。

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