第五十九話【『東京裁判は継続できる』、と一番最初に言った者】
天狗騨記者は日本人だけを的にした『女性国際戦犯法廷』という大規模な〝模擬裁判〟を散々罵倒したがこの〝模擬裁判〟は天狗騨に確実に影響を与えていた。もちろんそれは参加者達が渇望するような影響ではなかった。
彼らの渇望。それは『女性国際戦犯法廷』の〝判決文〟の中に記されている。
日本政府に対する各種賠償要求はもちろんのこと、旧連合国に対しても『東京裁判での「慰安所」制度と天皇不起訴の理由を明らかにすること及び同記録の公開』、そして『これまで慰安婦犯罪捜査と訴追しなかった事実を認めること』を要求していた。
さらにそれだけでは飽き足らなかったのか国連と加盟国各国に対しても『日本政府に被害者への賠償をさせるようあらゆる方策をとること』、そして『日本政府の不法行為について国際司法裁判所に助言を求めること』をも要求していた。
しかし天狗騨記者に影響を与えたのは、こうした日本一国に限定し憎悪を爆発させる〝ある種のお約束〟的なこの部分ではない。なにせ天狗騨記者に言わせればこうした事件は、弱く温和しい日本は攻撃できるが強く怖いアメリカは攻撃できないというイジメ問題になるのである。ましてこの『女性国際戦犯法廷』には多国籍の者が参加していて、多数で少数をいたぶるという典型的イジメの構図そのものだった。
そんな『女性国際戦犯法廷』だったが、実は『東京裁判は途中で終わってしまった』という天狗騨記者の悪魔的インスピレーションこそこの『女性国際戦犯法廷』から来ていたのである。
女性国際戦犯法廷参加者達が『ハーグ判決』と呼称する判決文にその原因は存在した。
『〝法廷〟は、日本や旧連合国といった国家が果たさなかった日本軍性奴隷制を裁く義務を果たすためにグローバル市民社会が開いた民衆法廷で、東京裁判の継続である』と、その意義についてこのように記されていたのである。
『東京裁判は継続できる』、これを知り、スターリンやトルーマンといった連合国指導者も今からでもA級戦犯にできるのではないかという閃きを、天狗騨記者は得たのであった。
——しかしながらリベラルアメリカ人支局長の先入観は凝り固まっている。故に天狗騨記者の言った『昭和天皇はA級戦犯ではありませんね』が臆病さから出たのだと頭から決めてかかっていた。そして内心は侮蔑である。
(結局右翼が怖いか)と。
しかし天狗騨が次に口にしたことばはリベラルアメリカ人支局長の先入観を木っ端微塵に打ち砕いた。さらに信じがたいことばを口にしたのである。
「なにを言っているんです? スターリンもトルーマンも人道に対する罪を犯したA級戦犯だと、言ったばかりじゃないですか」
「なんダトッ!」彼は改めて目の前の日本人を睨みつけた。どうやら実際に起こった出来事の話しをしているわけではなく東京裁判を継続すべきという、仮定の話をまだ続けているらしかった。
(——右翼に怖じ気づいて昭和天皇を追及できないのなら記者としては失格だがまだ人間としては可愛げもある。むろんこんな髭面の男など実際にはカワイクもないが。しかし昭和天皇はA級戦犯ではないと言いながら、トルーマンやスターリンといった連合国の指導者だけはA級戦犯だと言ってのけるとは。こいつは間違いなく極右ではないか!)
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