12話
鉄特有の鈍色のククリナイフが空に線を引く。
再び【風魔法】によって風を纏わせたお陰なのか、はたまた【短剣術】のスキルによるものなのか、定かではないのだが、勢い良く振り下ろしたククリナイフの切れ味は凄まじく。
今の俺の身体よりも二回り太いマーダースネイクの胴体を易々と断ち切った。
2つに分かれたマーダースネイクの身体は、飛び込んで来た時の勢いをそのままに、傷口から血飛沫を上げて地面を転がる。
しかし、未だに頭部の付いた半分のみが血を辺りにまき散らしながら暴れている。
「・・・マジか」
身体を2つに裂かれて尚も未だに暴れられる生命力の高さには驚く。
だが、傷口から血が止まる事なく溢れ出し、初めは激しく暴れていたのが徐々に弱々しくなり、その高い生命力も失われつつある。
「・・・」
そんな、弱り始めたマーダースネイクに俺は無言で近付き、マーダースネイクの頭部に向けて再びククリナイフを振り下ろしてその命を刈り取る。
マーダースネイクが完全に息絶えたのを確認し終えると、ふぅと口から息を吐き出し身体の力を抜く。
・・・反省は色々と在る。
考えているばかりで判断が遅いとか、最後に止めを刺しに行ったのは無駄な行為であったのでは?とか、他にも細かく戦闘時の行動を思い出せば、反省点は浮かんでくるのかも知れない。
・・・しかしだ。
初のまともな正面切って戦いに勝利した事を素直に喜んでも良いだろう。
それに、俺が思ていたよりも身体がイメージ通りの動きをしてくれていた。
――これは、幾つかの反省点を治しさえすれば、これよりも動きが良くなって行くはず。
「今後にも自信が持てる闘いだったな」
そう呟くと、自然と笑みが顔に出る。
「・・・さて、いつまでも勝利を噛み締めている場合じゃないよなぁ」
2つに別れたマーダースネイクの死体と、その血で汚れた地面は見て呟く。
こうして戦って勝つことは喜ばしい事なのだが、血を辺りにまき散らしてしまったのは余りいただけない。
今の所は【索敵】のスキルに新たな反応は無いのだが、この血の匂いを嗅ぎつけて他の魔物が寄って来るかも知れないからだ。
なら、この場を直ぐにでも離れれば良いのだが問題がある。
――戦利品であるマーダースネイクが大き過ぎる事だ。
なんせ、これまで罠に掛けて倒してきたブレイドラビッツよりも大きいのだ。
持ち運ぶことは多分できるだろうけど、探索中・・・というか、まだ始めたばかりだ。
そんな中、この大荷物を抱えて行動するには無理ある。
マーダースネイクだけを先に洞窟まで持ち帰った場合。
日は大分傾き、俺自身の体力も残り少なくなり、今日の探索はこれで終える事になるだろう。
今日の成果として、マーダースネイクとその戦闘に勝利だけでは、少々アレ過ぎる。――けれどこのまま、戦利品を放置して他の魔物に出も取られるのも癪だ。
どうしたものか。
「う~ん・・・よし!」
暫し思案の後に、俺は戦利品であるマーダースネイクが擬態していた木の上に吊るす事にした。
これなら、他の魔物が容易に手を出す事が出来ないはず。
もしこれで、魔物に横取りされるようであるなら、運が無かったとして諦めるしか無いだろう。
それとマーダースネイクを木に吊るす際、ついでに狙いが外れて木に刺さっていたナイフも回収した。
その他のマーダースネイクに刺さったナイフと切り裂き止めを刺したククリナイフは、一度【水魔法】で付いた血と匂いを洗浄してから、元の腰に付けたポーチと鞘に仕舞う。
「うん、問題ない。――行くか」
軽く自分の状態をチェックして、再び探索を開始する。
その後は特に問題は無く、ひっそりと茂みの中を移動し森の探索を続けて行った。
移動中に何度か【索敵】のスキルに反応があったが、その都度大きく迂回していたから魔物とは遭遇していない。
先程の戦闘は自分の実力の把握のためで。
下手気に調子に乗って、次々に魔物と戦っていては体力が続かない上に、複数の魔物に囲まれたり、さっきよりも格段に強い魔物と戦闘なんて事にでもなったらシャレにならない。
安心安定の“命を大事に”を一番に考えた行動で行くつもりだ。
そうした慎重な行動をした結果、ポーションの材料に成る薬草やジャガイモっぽい芋を発見する事が出来た。
そんなこんなありつつ、3層の手前まで来る事が出来た。
1層と2層は境目など無く、目に見えた変化が無い為に、龍が発する威圧でしかそれを確認する事が出来なかった。
――けれど、3層は違った。
1,2層の木々は葉の広い広葉樹が多く、木の背もそこまで高く無かった。
しかし、3層の木々は背が高く針の様に細い葉の針葉樹ばかりで、一定間隔の距離を開けて自生しており、日の差し込み具合も良好。
おまけに地面の起伏は少なく、茂みも殆どない。
非常に見通しが良くて魔物を発見しやすいのだが。
反対に言ってしまえば、こちらも簡単に魔物に見つかってしまうと言う事だ。
より慎重な行動を求められ、魔物に見つかってしまっても逃げ切れる手段が必要となる場所であった。
「ぬ゛ぅ~」
そんな3層の光景を前にして、俺は低い呻き声を漏らす。
図鑑で事前に調べておいたので、見通しが良くなるだろうとは予想していたのだが、思った以上に自分の身を潜められそうな場所の少なさに俺は頭を悩ましていた。
「それなりに動ける事はさっきの戦いで分かったけど、3層からは毒を出す魔物が居るらしいからなぁ・・・」
仮に魔物に見つかってしまい戦闘が起きても。
魔物の攻撃を躱して反撃を加えるか、煙球などを使用して逃げ切る自信はあった。
だが、3層からは毒を持つ魔物が存在する。
ある程度動けるからと言って、魔物の攻撃全てを回避しきるのは今の俺では不可能に近い話だ。
もし、回避しきれなかった攻撃に毒が在れば、その毒を治す手段が現状では無いので俺はその毒によって死んでしまうだろう。だからこそ、3層の魔物とは出来るだけ戦いたくは無いのだが、見つかってしまえばそうもいかなくなる。
ここまでま見通しが良い上に【索敵】のスキルを使い続ければ不意打ちを受ける心配はまず無いはずだが、魔物が持つ移動速度の高さには侮れない物が在る。
先程戦ったマーダースネイクも10メートルほどの距離を一瞬で詰められる移動速度を持っていた。全ての魔物が同じ速さを持つと言う事は無いのかも知れないが、早く動ける魔物は居ると言う事だ。
そんな速く動ける魔物が毒を持っていたら・・・
「・・・ふぅ。今日の所はこの辺までにして帰るか」
いつの間にか自分の思考がネガティブな方面に傾き始めていた事に気づき、その思考を中断して気持ちを切り替える為にも息を吐きだし、ここで森の探索を止める決断する。
3層のこの身を隠す場所の少なさと毒の魔物の存在を考慮し、今のままで進むのは危険だと俺は判断したからだ。
「けど、食糧は芋が手に入ったから良いが、服がなぁ・・・布に成りそうな物なんんて無かったし・・・・ん?」
未だ未練がましく3層を覗き見ていると、少し遠くの方で黒い何かが動いた気がした。
残念ながら【索敵】スキルの範囲外なので本当に何かが居るのかが解らない。
居たとしても魔物だろうから、こちらに気付く前に退散した方が良いのだが、何か様子がおかしい。
「あっ、また動いた」
動きの当た辺りを凝視していると、確かにそこには何かが居るみたいで動きを見せた。しかし、その動きは微かな物で遠くに居る俺では凝視してなければ見逃してしまう程だ。
「行ってみるか・・・」
見た感じ周りに魔物が潜んで居る様子も無く、距離もさほど離れている訳でも無い。
ちょっと様子を見に行く程度なら問題は無いだろう。と好奇心に負けてしまった俺はそう考えて行動を起こした。
【索敵】スキルで辺りを窺いながらも足早に何かが動いていた場所に近付く。
そして、目視が可能な位置まで来ると近くの木に隠れて動いていた物を覗き見る。
「あ!」
なんと、そこに居たのは一匹の体長3.40㎝ほどもある巨大な黒いイモムシであった。
目視出来た瞬間に【鑑定】をしていた為にイモムシの名前は解っている。
名称は《アルマ・ワーム》雑食で特に硬い物を好んで食べる習性を持つ魔物で、俺が探していた布の材料となる糸を吐き出してくれる魔物であった。
“普通”の錬金術師 現代の普通は異世界では異常《チート》みたいです 桜守成 @725209
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