11話

 さて、今はいつまでも落胆している訳には行かない。

 10メートルほど先にとは言え、魔物と遭遇してしまったのだ。


 だが【隠密】と【忍び足】を使いながら、茂みの中を隠れて移動しているのでまだ魔物には俺の存在がバレてはいないとはず。


 ――なら、このまま引き返すのも手ではある。

 姿が見えないのでどんな魔物なのかも解らない以上、魔物の脅威度も判断し辛い。下手な刺激をする前に退くのは、良い手段だと思う。


 元々は、魔物は避けて通る予定であった。

 いったん引き返して、ここ辺りを迂回してまた別の道で探索するのがこの場での最善策だろう。――なのだけど・・・


 このまま逃げても良いのか?と思う自分もいるのだ。

 

 この森で生活を続けるならば、正面切っての魔物との戦闘は絶対に避けられない事の一つだ。

 

 魔物との戦闘が怖いからと言って、洞窟に引きこもり続けて行く訳にもいかない。まともな生活をしたいなら、こうして森の中を探索して素材を探しなきゃいけないのだから。

 ――その時、魔物と遭遇したなら?


 そう、こちらの都合よく魔物から逃げれる事なんて毎回毎回在るはずが無い。

 前回みたいに、俺の不注意からばったり魔物と遭遇する事だってある。

 逃げても、魔物の動きが素早く追い付かれてしまう事だって有るかも知れない。

 

 だから、いつかは必ず魔物との正面切っての戦いが要求される場面は来る。

 

 ならば、今その時なのではと俺は考えていた。


 【索敵】の反応が在るのは、この辺りで目の前の木の所で擬態して潜んで居るこの一匹のみ。

 しかも、【索敵】の反応がブレイドラビッツの子供と同じ位の反応だ。


 戦う為の道具も揃っているし。ブレイドラビッツ程の魔物であれば、まともな戦闘が出来るだろう・・・と思う。


 実戦なんて今までして来なかったのだから、自分がどれだけ戦えるのかなんて未知数に決まっている。

 これまではずっと罠に掛けて、上から岩を落とすという一方的な攻撃で倒してきた。初戦の時なんて、ただ避けたら相手が自爆していたので止めを刺しただけ。


 これまでは非常時に備えてイメージトレーニングを行ってはいたが、所詮はイメージだ。


 実戦で自分がどこまで動けるのかなんて分からない。

 ――だからこそ、今後の事を考えれば自分の実力を把握する必要があるのだ。


 「・・・やってみるか」


 いつまでも、アレコレと頭を悩ませていてもしょうがない。 

 ――所詮は、人生何が起きるか解らない。

 解らないからこそ、今俺が此処にいる訳なのだから。


 何事もチャレンジして行く事でしか、生き残る事が出来ないのなら。

 ・・・やるしかないんだ。

 

 戦う覚悟を決めた俺は、腰に巻いた4つある毛皮のポーチの1つに手を伸ばし、投擲用の細いナイフを2つ取り出す。


 「投げる前に――【鑑定】」


 両目に魔力が集中する様にイメージをしてスキルを使い、【索敵】の反応が在る木を注視する。


 すると視界に、《クトの木の枝[擬態]》と浮かび上がった。

 

 これは【鑑定】の効果によるもで。

 【鑑定】は、異世界系のラノベに良く出て来るスキルの一つで、大概の主人公が標準装備している。

 スキル効果も文字通りの物の鑑定をして、名前や効果などを教えてくれたりする。


 何も知らない異世界で役立つこと間違いなしのスキルだ。と思い俺もキャラ設定の際に取得したのだが・・・

 転生したばかりの頃は、スキルの使い方が解らなかったし。

 使い方が解っても、視界に映ったり、映らなかったりと不安定であまり使いどころが無かった。

 最近は、集中すれば安定して映る様にはなったのだが

 ――解るのは名前だけだった。


 どうも、スキル自体のレベルが低い事に加えて、俺自身の知識も参照されるスキルらしく、現在は名前のみしか出て来ないのだ。


 ・・・でもまあ、名前が解るだけで十分に役立つスキルだし。

 今回、擬態している物には擬態と映る事が解っただけ、有能なのスキルと言う事は間違えないはずだ。

 

 ――ともかく、それより今は目の前の事に集中するとしよう。

 とりあず、【鑑定】のスキルのお陰であの木の枝に擬態している事が解った。


 魔物の方も擬態をしている所為か、自らは身動き一つ無い。

 ただ、時折吹く風に靡くだけ。


 とても狙いやすい状況だ。

 それだけに心臓が早鐘の様に早まり、投擲用のナイフを掴む左手にも余計な力が入り込むのを感じる。


 「大丈夫・・・大丈夫、問題ない。――イメージ通りにやれば良いんだ」


 自然と自分を励ます言葉を口に出した後。

 フゥっと息を吐きだし、身体から力み過ぎた力を外へと吐き出す。

 一度目を閉じて心を整える。

 そして、程よい緊張に精神が成った処で、再び目を開き魔物が居る場所を見据え集中する。


 ――息を吸いながら狙いを定めて行き


 「シッ」

 鋭く吐き出した息と共に俺は、左手に持った2つのナイフを投擲した。


 手元から離れたナイフは風を纏い、弾丸の様に早く目標へと真っ直ぐに飛翔する。


 「ジャァ?!」

 短い悲鳴共に、ドサッと音立てて目標の木から物体が落ちて来た。


 俺が投擲した2つナイフの内1つは、少し狙いが逸れて擬態元の木の方に当たってしまったが、残りのもう一本は見事、目標の擬態して居る魔物に命中し木の上から地面へと引きずり落としたようだ。

 

 落下した魔物は、ナイフが刺さった所為なのか、落下した衝撃でなのかは解らないが、擬態が解けて姿を現した。


 ソレはぬめっとした光沢のある灰色の鱗に黒い斑点模様が浮かび、太く長い体躯に二本の突出した牙を持つ蛇であった。

 そしてその蛇の魔物に片目には、先ほど投げたナイフが突き刺さって、蛇は痛みからか地面に身体を鞭の様にしならせて、辺りをのた打ち回っている。


 その隙に俺は、再度【鑑定】のスキルを使い魔物を確認する。

 《マーダ―スネイク[幼体]》と視認した魔物の名前が視界に浮き上がる。


 また子供の魔物かよ!しかも、またデカいし。

 ・・・確か、世界最大の蛇はオオアナコンダとアミメニシキヘビだっけ?

 テレビの特番でそんな名前の蛇が紹介されていたのを思い出す。

 ――なんでも、身体の全長が10メートル以上の個体も存在するのだとか。


 その時は、画面の前で驚いていたので記憶に残っていたのだけれど、目の前の巨大な蛇の魔物にも驚きだ。


 流石に、10メートル以上のサイズは無いけれど、余裕で3,4メートル位は在るんじゃないのか?しかもこれで子供・・・


 おいおい、幾らファンタジー世界だからって、まさか神話の蛇――ヨルムンガンドとか居るんじゃあないだろうな。

 世界を一周するほどの巨大な蛇がこの異世界に存在するとか、少し笑えない話なのだが。


 目の前ののた打ち回る巨大な蛇の魔物の姿から、転生前の世界での神話に出て来る生き物をつい頭の中で連想してしまい。

 そんな生物が我が物顔でこの異世界を闊歩する姿を想像して軽く身震いする。


 「――って、そんな事より戦闘に集中しないと」


 転生前の世界で俺はテレビの画面越し以外で、生でこれほどに巨大な蛇など見た事など無かった。その驚きから、つい思考が別の方面へと流れてしまった。

 

 しかし、今は命のやり取りをする行為の真っ最中だ。

 

 無駄な事を考えて、自分が命を落とす。なんて事にでもなったら目も当てられない。

 だから俺は、冷静に再び意識を戦闘方面へと傾ける。



 【鑑定】の結果で《マーダースネイク》という個体名の魔物だとは解った。

 

 《マーダースネイク》は大体は木の上や水中などその身を隠せる場所で生活しており、獲物が近くを通った時には突出した二本の牙で襲い掛かり、長い体躯を活かして獲物を絞め殺す。

 ――そんな感じの事が図鑑には確か書かれていた。

 俺が記憶の中から掘り起こした《マーダースネイク》に関する情報はその程度の物だ。


 けれど、その内容から察するに《マーダースネイク》は奇襲を得意とするなら、この状況はとても好ましい事だと解る。

 先手を此方が取り、それでヤツは地面に落ち姿を現す事と成ったのだから。

 

 だが、まだ油断はできない。現に今も元気に身体を鞭の様にしならせてのた打ち回るっている。


 「このまま、遠距離からの攻撃で仕留めるべきか・・・」


 目の前の地面を激しく叩く様子から、迂闊に近付くのは危険だと判断できる。


 ただ、手持ちの遠距離武器にも限りがある。

 今、暴れ回る蛇を狙っても外れる可能性が大いにあり、外せば後が無くなる。


 魔法での遠距離攻撃をするにも、現在の俺が使いこなせる魔法での攻撃は、的が遠くに在る程に大した威力には今まで出せなかった。

 せいぜいこの距離で魔法を使うなら、先程みたいに投げる瞬間に風を纏わせ、威力を底上げする位しか魔物にダメージを与える事が出来ないだろう。


 そんな思考を俺が巡らしている時だ。

 酷く暴れていたマーダースネイクはぴたりと動きを止め、チロチロと長い舌を口から出し入れする。


 嫌の予感が俺を走り抜け一度悩むことをやめ、左手を後ろに回し吊り下げたククリナイフの柄に手を掛けてマーダースネイクを注視する。

 マーダースネイクも俺の動きとほぼ同時に頭部を此方に向けた。

 

 片方の目には俺が投げたナイフが痛々しく突き刺さり、そこから血が流れているが、もう片方の無事な目と俺の視線が交わり


 「ジャァァ!」

 咆哮共に怨敵である俺に、地面を滑る様に向かってくる。


 その速度は俺が想像していた物よりも早く、俺が一呼吸する間に10メートルほど離れて距離を一気に詰め、その勢いのままに口を開き牙をむき出しにしながら俺に襲い掛かる。


 マーダースネイクの移動速度に一瞬は驚きはしたものの、俺の頭の中は至って冷静であった。

 

 それは前のブレイドラビッツとの遭遇した時、俺はパニックを起こし危うく死に掛けた。

 その反省を生かし、俺はほぼ毎日脳内で自分が襲われた時にどう対処するかシミュレーションをして、イメージ通りの動きが出来るか試したり、出来る様に訓練を行ったりと対策を講じて来た。


 だからこの時も。

 突撃してくるマーダースネイク対して、俺は一歩引いてから体の半身をずらす。

 それだけの動きでマーダースネイクは目標である俺を失い、ただ横を通り過ぎる。

 

 しかし、俺の動きはここで終わらず、左手に掛けていたククリナイフの柄を強く掴み引く抜き、そのまま左手に持ったククリナイフを天に掲げる様に持ち上げ。


 俺の前を通り過ぎるマーダースネイクの胴体に目掛けて振りを下す。

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