7話

 「ゔぅぅ」


  洞窟の入り口から差し込む光が顔に当たり、眠っていた意識を呼び覚まし、俺は呻きを上げながら目を覚ました。


 「ゔっ、あれ?・・・おれ、どうして・・んぐぁ」


 寝ぼけた俺に後頭部を誰かに殴られた様な痛みが走り、胃の中をかき混ぜられたみたいな吐き気も込み上げて来る。

 まるで二日酔いにでもなったかの様だ――未成年で酒など飲んだ事が一切無いので、完全なる想像だけど。


 などと下らない事を考えるが、尚もひどい頭痛と吐き気が続き、それ以上まともに思考する事が出来なく程にきつい物であった。


 そうして、俺はしばらくの間、なかなか治まらない頭痛と吐き気に苦しむ事となった。



 「ゔぐぅ・・・ぁあ。さ、先よりマシになって来たかも・・・」


 少し時が経ち、起きばかり時よりも大分、頭痛と吐き気は治まり痛みが緩和した。

 

 「ゔぅぅ、ほんと、急に何なんだ?」


 目が醒めたとほぼ同時に、突然襲って来た痛み。

 その原因が俺には解らずにいた。


 「・・・てか、俺はいつの間に寝たんだ?」


 そこから既に俺の記憶は曖昧のなっており、思い出そうと脳を使う度に鈍痛が走る。

 その痛みに耐えながらも、何とか記憶を掘り起こして昨日の出来事を辿って行く。



 ・・・昨日は、この洞窟を発見してその後に周囲の探索に出た。

 火を熾す為の材料となる物と何か食糧が無いか探す為だ。

 けど、その途中で角の生えた大型犬サイズのウサギに襲われたんだ。

 でも何とかそのウサギを返り討ちにして、俺のレベルが上がる事に・・・いやでもそれは洞窟に帰ってから確認して・・・そしたら【ヒント】が・・・


 ああ、そうか。


 「魔法を使ったんだっけ・・・」


 そう、俺は遂に念願であった魔法のスキルを発動する事に至ったのだ。

 

 使った魔法はたぶん簡単な分類であろう、ただの水を産み出す魔法。

 ちゃんと魔法は発動し、目の前に無色透明な水の球体を虚空から生み出した。


 初の魔法でかなり感動と興奮をしていた事は覚えている。

 けれど、その後の記憶がぷつりと無い。

 

 「あーでも大体は予想が付くな」


 こういう場合は、アニメやラノベでよくあるシーンの1つで。

 多くが、魔力の使い過ぎで意識を失うとかだ。


 と言う事は、この未だ僅かに残る頭痛と胃のムカムカは魔力不足によるもの?



 「・・・やっぱ、レベルかぁ」


 今の俺の存在はこの世界ではかなり異質らしい。

 別に、異世界から転生したからという訳だけではない。


 俺の『ステータス』がこの世界の一般的にはあり得ない状態なのだ。


 まず、先に俺がどうして魔法や【鑑定】などのスキルを使う事が出来なかったのかを説明すると。


 ――俺自身のレベルとスキルのレベルの所為であった。


 まず、今の俺のレベルが3というのも、この世界ではあり得ないお話だ。

 

 どうやらこの世界では、産まれたばかりの赤ん坊でもそれなりのレベルがあり、それは日々の行動や身体の共に成長し上昇していく。

 なので、俺ぐらいの年齢だともっとレベルが高くないとおかしいのだ。


 そして、そんな俺自身のレベルが低いにも関わらず、異様にスキルのレベルが高い。

 

 本来なら、昨日習得したばかりの【忍び足】の時の様にその行動をして経験を重ね、そのスキルの知識を増やし把握していく事でスキルは習得したり、レベルが上がったりするらしい。

 なのに転生の特典とはいえ、その使い方すら知らないままにスキルのレベルを上げている。

 

 俺自身、レベルが低い為に基礎のステータスも高くない。

 更に、使った事も無いのにレベルだけは一人前以上に育ったスキル。

 それらが組み合わさった結果、スキルが使えなかったり、今回の様にスキルを使用したら意識を失う事と成ったのだ。


 「はぁ、何事もコツコツと努力して積み上げる事が大事なんだなぁ」


 2日目の朝辺りで同じことを自分が言っていたが、今回の事で身に染みて思い知った。



 「・・・さて、反省はこの位にしておこう」


 今はまだ俺にはやる事が山の様にある。

 ・・・というか、増えた。


 まともに使いこなす事が出来ていないけれど、スキルと魔法が実際に使う事が出来ると確認する事が出来たのだ。

 今度はそのスキルと魔法を使いこなせる様にしなければいけない。


 その為にも俺自身のレベルをもっと上げ、スキルを使いこなす為に研鑽を積まないといけない。

 そうでもしないと、この森では生き抜くのが難しいだろう。

 

 昨日、魔物と対峙して、俺自身がどれだけ弱くて情けないのかがよく分った。

 だからこそ、俺は強くなりたいと思った。


 死ぬ事が怖いし、生きたいから、強くなる。

 理由なんて物は、ただそれだけで十分だろ。

 

 それにこの世界はレベルという存在が在るから、目標や自分がどれだけ強くなったのか目安が立てやすい。

 やっぱり目見えた数値の上昇はやる気が上がるし、更なる向上心にも繋がる。


 「それに今は、【ヒント】という便利な『アビリティ』も使えるしな」


 俺が魔法を使える様になったきっかけの【ヒント】

 その能力は、シンプルにステータスを開いた状態で俺が質問した内容にヒントをくれる。ただ、それだけの『アビリティ』だ。

 ――けれど何の情報も無く、ゼロから手探りで知らない事をするというのは、時間と労力を要する。


 今、生きる事に必死な俺にそんな暇など無い。

 実際、スキルと魔法は諦め掛けていた節もあった。


 しかしこの【ヒント】のお陰で、その時間と労力を短縮でき、魔法を使う事も出来た訳だ。


 正に、今の俺にとって【ヒント】とは、神アビリティとも言える。

 それ程に有用で重要なアビリティであった。



 なので分からない事、疑問に思った事は【ヒント】に質問してから考えれば、簡単に答えが導き出す事が出来て。

 あとは、俺が自身のレベルを上げるのと、スキルをちゃんと使いこなせる様になる練習を重る事に集中すれば良いだけの話だが・・・


 ぐりゅるるる~

 起きてから時間が大分経ったので不調から戻った腹の虫が、唐突に騒ぎ出す。


 「・・・そう言えば、昨日の朝から何にも食って無いっけ」


 魔物との戦闘とか、レベルアップとか、【ヒント】とか、色々と出来事が在った所為ですっかり忘れていた上に、魔法を使って意識まで失ったのだ。


 そんなんでまともに食事がとれるはずも無い。

 魔力が無くなって吐き気を模様しても、身体は栄養を求めていると言う事だ。

 

 「はぁ、取り敢えず何か食うか・・・」


 と言ってみたものの此処に在る食糧と言えば、あの不味い【食糧(保存食)】達だ。

 ある程度、胃の調子が戻りはしたけどアレを食べるのは、正直キツイ。


 「・・他に何か──あ、木の実」


 ふっと洞窟の隅に置かれたウサギの亡骸に眼が行き、そのウサギと一緒に後で調べる為に麻袋に入れて持ち帰った木の実の存在を思い出す。


 「これこれ、モモっぽいけど・・・食べられるのか?」


 そう言って麻袋から取り出した木の実は、一見すると真っ白い桃にも見える。

 

 本来ならばここで【鑑定】や【判別】などのスキルで食べる事が出来るのか、そうで無いのか、直ぐに調べる事が出来るのだが。


 生憎とスキルを使うにも魔力が必要で、まだ身体が本調子で無い俺には厳しく、コントロールもしっかり出来ないので、また意識を失ってしまうだけの可能性も高い。


 栄養が足りないのに、それを取らずに消費だけするのは本末転倒だ。


 「流石に名前が解らない物までは【ヒント】じゃあ解らないな。――仕方ない、【回帰の森 図鑑】で地味に調べるか」


 徐に木の実を脇に置き、近くの【回帰の森 図鑑】を手に取ってページを捲り、木の実について書かれている項目を探す。


 この【回帰の森 図鑑】は図鑑とは書かれているが、現代の図鑑の様に対象の物が分り易い様に写真を載せている訳では無く、そのほとんどが文字でのみ書かれていて、たまに手書きのイラストが出て来るだけ。

 ――しかもそのイラストがお世辞にも上手とは言えない、微妙な物ばかりだ。

 

 なので数十分ほど時間を要して、何とかそれらしい木の実について書かれているページにたどり着く事が出来た。


「え~なになに・・・ペシェスカの実は白く、皮の表面に細かい毛が生え、球状で一部横に割れているのが特徴。おっし!これで間違いなさそうだ。――で、食用は・・・お、問題ないみたいだ。」


 本に書かれている内容を一部口にしながら確かめて行き。

 あの木の実がペシェスカの実という名で、食べられる事が判明した。


 そして本の内容をさらに読み進めて行くと驚くべき事が解った。


 何とペシェスカの実を口にすると魔力が回復するのだ。

 しかも、味も中々に甘くて美味しいらしい。


 ただ、都合の良い事ばかりではない。


 このペシェスカの実は、多くの魔物の好物でもあったのだ。

 食べた者の魔力を回復させると言う事は、この実自体に結構な魔力を有していると言う事――そしてその魔力が、魔物にとっては良いエサとなる。


 しかも、ペシェスカの実の樹自体が生物を誘引する力を持ち。

 美味しい実で、生物を争わせて敗者の死骸を自らの糧にするそういう特性のある樹であった。


 つまりは、昨日のウサギとの遭遇は偶然じゃなく。

 あの樹の効果で、無意識に引き寄せられて結果なのだ。


 因みに、花が咲く時期は最も危険で、花の匂いには幻覚と興奮の効果が含まれていて近くの生物が凶暴化し、頻繁に争いが起こり、多くの樹に取ってのエサを産み出すのだとか―――ロクでもない樹だな。


 「・・・まぁ、でも」


 俺は脇の置いていた木の実を手に取り、軽くふき汚れを取ってから口へと運び。


 シャクリ、と良い音を立てながら一齧り。

 

 「美味い!」

 

 ペシェスカの実は瑞々しく、まるでリンゴの様な食感と甘さ、それに僅かにレモンみたいな爽やかな酸っぱさが混ざった、とても美味しい果実であった。

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