5話
茂みの中から飛び出て来た者。
それは何と――薄汚れた感じの灰色の体毛のウサギであった。
だがしかし異世界で初生物との遭遇が、ただの可愛らしいウサギで終わるはずは無かった。
まず、身体のサイズが6,70㎝程のあり、大型犬並みにデカい。
身体のシルエットこそ、現代の動物園やペットショップで観るウサギと差が無いものの、頭部には現代のウサギには無い某、紅くて3倍速い人が乗る初期の乗り物の様にご立派な円錐状の長い角がそそり立っている。
つまりは、出会ったウサギは愛玩動物などでは無く――完全に魔物だった。
しかも、初めて会った俺を警戒しているのか。
真っ赤な丸目でこちらの様子を窺いながら、ブゥブゥと低い声で威嚇している。
けれど、そんなウサギの様子など一切関係なく俺は内心焦りまくっていた。
それもそうだろう。なんせこちらは殆ど丸腰で、唐突に表れた生物の身体は大きく頭部には市販の包丁並みの大きさの鋭い角があるのだから。
有名RPG だと、よく始めて町を出た勇者が棒切れ1つで退治するとか馬鹿げた事をしていたが、生憎と俺は勇者じゃないし、凶器(角)を目の前にして平然としていられる胆力は無いのだ。
今すぐにでも逃げたい。
畳一畳ほどにしか無い距離の先に在るウサギの鋭い角が、俺に自分の身体が刺し貫かれるイメージを抱かせ、その恐怖から逃れたい為にそんな思考が浮かんだ。
そして、それは無意識のうちに身体へと伝わってしまい。
身体を僅かに後退させるという結果を産み、それが引き金となった。
「ッ!?」
俺が引いた事で怯えている事に気が付いたのか。ウサギは即座に後ろ脚へと力を溜めて、自身の最大の武器である角を俺にしっかりと狙いを定める。
狙いが定まると何の躊躇も無く、脚に溜め力を解き放ち勢い良く俺に向かって真っ直ぐに飛び掛かる。
勢いは速く、ジャンプした高さもかなり高い。
そして、鋭い角が狙う先は俺の頭部。
当たれば当然、死は免れない。
ブレなど無く、真っ直ぐと迫り来る物体と死の恐怖から俺の頭の中は真っ白となり、直ぐには動けなかった。
――けれど身体が持つ防衛本能が、思考が正常に戻るよりも速く判断を下し、角が俺の頭部を貫くすれすれに身体を横に捻らせて回避させた。
しかし、それは咄嗟の行動であった為に俺はバランスを崩し、受け身も碌に出来ないままに地面へと転がる。
地面を転がった衝撃から、肩や腕、脚などに擦り傷と打撲傷を作る結果となったが、致命傷となるケガでは無く、俺の命は無事で済んだ。
ついでに、その軽い痛みのお陰で思考も正常の物へと変わって、しっかりと判断できる状態になった。
そんな、正常な思考で考えで行った次の行動は、起き上がるよりも早く俺が躱したウサギの確認だった。
こうして地面に無様に転がる俺よりも、攻撃したウサギの方が次の行動に出るの速いはず。
下手に起き上って、ウサギの攻撃を受けたくは無い。
先程のは咄嗟に身体が動いて何とか回避する事に成功したが、次も同じ事が出来るとは限らない。
ウサギも俺が回避する事を学習し、ただの突撃から色々な動きを混ぜてフェイントを入れるかも・・・野生動物にそこまで知能が高いか解らないが相手は魔物だ、用心に越した事はない。
だからウサギの動きを確かめ、次の攻撃が来るようであれば、このまま地面を転がり避けた方が手っ取り早いと考え付いたからであった。
――最悪はこのまま地面を転がり続け、茂みの中まで逃げる事も考えた。
かなり情けない姿での撤退になるが、そこは命あっての物種だ。
ファンタジーな異世界に転生したのに、何も無いまま死ぬのだけは真っ平ごめんだ。――特に折角取ったのに使う事が出来ていない魔法には、物凄く未練がある。
使うまでは何が何でも死ねないし、死に切れない。
一度死を直面した事で、俺の中の執念と呼べる感情が呼び起された。
結果として、その執念が心に広がっていた恐怖心を凌駕し、絶対に生き残るという闘志を燃え上がらせたのだった。
そんな闘志を胸に秘め、顔を上げて躱したウサギの行方を捜す。
もしかして既に次の攻撃に移っているのかも、と身構えもしていた。
――だが、それはとり越し苦労に終わった。
「えっ?」
俺の視線の先に居たウサギの姿は、地面に転がる俺よりも情けなく。
俺を刺し貫こうとしていた角が地面へと突き刺さり、身体を仰向けにして、ピクピクと僅かに動くばかりだった。
これは予想だが飛び込んだ勢いも良かった所為か、地面に刺さった角が支点となりウサギの身体を仰向けしたのだろう。
――で、ウサギは仰向けになると気絶や催眠に近い状態に陥るのだとか。
ウサギの普段の生活では絶対に取らない体勢らしく、パニックを引き起こしそんな状態になるのだと、小学校の頃にウサギの飼育係をやった時、先生に聞いた話だ。
しかも、ウサギにとってこの状態はストレスが溜り、内臓も圧迫してよろしくない恰好だそうだ。
まぁ、見た目がウサギでも魔物なので、この話が何処まで当て嵌まるか解らない。――けれど、角が深く地面にめり込んでいる事から、直ぐに元の状態に戻り襲い掛かって来る事はなさそうだ。
「ふぅ、・・・まじ、やばかった」
俺は安堵の息を漏らす。
完全に危機が去った訳では無い。
でも、呼吸を整えて精神を少し落ち着かせる位の余裕はある。
「ん、よし問題ない」
そうして、精神を落ち着かせ終えると身体を地面から起き上がらせ、軽く自身のケガの状態を確かめてから仰向けになっているウサギに近づく。
「さて、どうするか?」
俺が近づいても尚も、仰向けのままピクピクし続けているウサギを前に呟く。
今俺が取れる選択は三つある。
一つは、このウサギを殺す事。次は、ウサギをこのままにしてこの場から立ち去る。最期は、ウサギを助ける。この三つだ。
・・・正直、最後の選択は無いと思っている。
どこぞの谷の姫様じゃあるまいし、噛まれた相手に大丈夫恐くないと言って相手の心を開くのは無理だろ。
ウサギをこのままにして、この場から去った場合。また出会った時、これと同じ状況になるか分からないし、俺に復讐心を抱いて探し回れても嫌だ。
「悪いが殺すしか選択が無い様だ」
まるで犯人が犯行を見破った主人公に向ける様なセリフをウサギに向かって言う俺
言葉にするのは簡単な事だが、実際に行うにはかなりの度胸と覚悟がいる。
何故ならそれが現代では、例え小さな動物でも勝手行うのは道徳に反する行為だと学び、罪であると認識しているからだ。
だが、ここは異世界。
危険な動物が出たと110番をすれば、駆けつける警察は居ない。
危険な森に彷徨っているからと、救助に来る自衛隊も、レスキュー隊も居ない。
自分の安全を守ってくれる組織は無い。
自分の安全を守るには自分で何とかしなければいけないのが異世界だ。
へたに殺すのを躊躇えば、いつかそのつけが自分へと返って来る。
そういう世界だと俺は思っている。
だからここでこのウサギを殺す事は、俺のためでもある。
もし変に情けをかれば、今後も生き物を殺す事に抵抗を覚えてしまいそうで怖いのだ。
なので俺はこいつを殺す。――こいつも俺を殺そうとしたんだ、ならば逆もしかりのはず。
覚悟を決めた俺は、麻袋から一番太い木の枝を取り出す。
・・・本当はナイフで、首か心臓を狙って刺した方が楽に終わるのだが、それでは血が出てしまう。
血を流せば、その臭いで他のもっと危険な魔物が寄って来てしまう可能性を感じ、木の枝を使う事に決めた。
手に持ったこの太い木の枝以外邪魔になるで、他の荷物が入った麻袋と木の実は地面へと置き。
ウサギの大きく筋力が発達している後ろ脚に蹴られない様に位置に注意いしながら馬乗りなり、太い木の枝をウサギの首元に宛がい・・・持てる力と体重を全て乗せウサギの首を折る。
当然、ウサギも抵抗を見せるが俺が馬乗りで乗って居る為に、激しく抵抗できないままゴッキンと鈍い音が鳴り、しばらくするとウサギの口から泡が噴き出てピクリとも動かなくなった。
行使俺の異世界初の魔物と遭遇、戦闘は生々しく幕を閉じた。
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