3話

 そんな訳で【錬金術】は、戦闘に向いた魔法では無い。

 けれど、色々な道具を産み出す可能性に秘めた素晴らしい魔法に違いはない。

 ――主に、俺の性別を変える薬とか・・・きっと、存在すると俺は信じている。


 ・・・話が少し逸れてしまったので戻すとしよう。


 【錬金術】を除く魔法は俺のイメージ道りならば。

 火の矢を放ったり、土で壁を作ったり、風で刃を形成して敵を切り刻んだりする事が出来るはず。

 

 “魔法”は、正しく遠距離の戦闘で活躍する・・・と思っていた。

 

 「・・・何で・・・発動しない?」


 魔法のスキルを試してみようとして、かれこれ4,5時間くらいは経っただろうか。


 あれ程、日に光が木々の隙間から零れて森の中を明るく照らしていたが、今はその日は沈み、暗闇と静寂が広がる森へと姿を変え、僅かばかりの2つの月の光が仄かに照らすだけである。

 

 そんな森の様子に俺は気が付かない程に集中していた。

 けれど結果は乏しく。俺の周囲は魔法のまの字ほどの変化は無く、未だに魔法スキルの成功は一度も無い。


 「何故だ?あれこれ試しただろう?・・・なのに一度も発動しないなんて」


 俺の記憶のある知識は、殆ど試してみた。


 例えば、名称でスキルが発動する場合とかを考え、結構有名なファイアボールやファイヤアローとか、ゲームのメ〇、ファ〇アとか口に出してみたが変化なし。

 次に詠唱が必要なのではと考えると、それらしい中二病満載のセリフを言ってみたが、相も変わらず駄目であった。


 もしかして語呂の組み合わせが、悪くて発動しないのかとか?と思い、数十通りのパータンを試し、時にはそれっぽい動作を加えながらやってみた。


 他の人の眼から観たら、森の中で奇声を発しながら不思議な行動をする不審者、もしくは精神を病んだ痛い奴と捉えられても可笑しくない。

 ――けど、俺はやり遂げた。


 でも結果は無し、全くの空振りで終わってしまった。

 ・・・いや、俺の記憶にまた一つ黒歴史が刻まれましたけどね。


 一応念の為、他のスキルも使えるか試しだが、良くわからない物や同じく使えていないと感じる物ばかりだった。


 麻袋からナイフを取り出して持ってみたが、上手く扱える様なきがするだけだし、落ちている石を拾って、遠くの木を的に投げたけど、当たったり、はずれたりするだけ。

 拳を握り、空手の正拳突きみたいな動きをしても上手くなっているのか、全く見当が付かない。


 【判定】に【看破】、極めつけの【鑑定】も使い方が解らず、そこら辺の草を睨むように観ても、特に何かが解る訳では無かった。


  因みに、色々試している時に【初級錬金術セット】の存在を思い出し、その中にもしかしたら初心者用の本が含まれているのではないかと閃いた俺は麻袋の中を漁り、中から数ページしか書かれていない小冊子を発見した。


 俺はこれで、何か取っ掛かりが掴めるかもと喜んでページを捲った。

 ――なのだが、直ぐに挫折する事になった。


 1ページ目に書かれていた内容が、誰にでも出来る錬金術入門と言うタイトルの元、簡単初級ポーションのレシピであった。


 レシピの内容はこう書かれている。

 1,薬草を小さく刻む。

 2,刻んだ薬草を乳鉢に入れすりつぶす。

 3,薬草がペースト状に成り始めたら、水魔法で作った水を少しずつ加える。

 4,全体が良く混ざったら、容器にいれ完成。

 とっても簡単!水魔法を使える子供にでも出来る簡単レシピ♪


 煽ってのかゴラ!

 その魔法が使えなくって困ってんのに!

 子供にでも出来る簡単レシピ♪とかふざけてんのか!!


 俺はスキルが使えないイライラがピークに達し、小冊子を丸めて乱暴に麻袋へと投げ入れ、何一つ上手く行かない事に身体の力が抜け、崩れる様に再び木の幹に腰かけた。

 

 

 くぅううぅぅ。


 「・・・はらへった」


 情けなく俺の腹の虫が鳴き、身体が空腹だと訴えて来た。

 何の収穫が無くとも腹は減り、体力は損耗していく。


 ただ生きていく事の難しさを切実に痛感しながら、はぁ~っと小さくため息を吐きだし、麻袋を再び漁る。


 「えっ~確か・・・お、これかな。」


 麻袋から取り出したのは、暗くてしっかりと観えないが、たぶん干し肉だ。

 これは【食料(保存食)】に含まれるもの一つだろう。

 まだ、麻袋の中には同じ干し肉が2,3個と丸い石みたいなパンぽい物が7,8個入っていた。


 「数日の食料はこれで何とか持ちそうだな・・・でも、早めに食糧の事も考えない、んぐぅ!?」


 徐に手に持った干し肉に口を付けて、噛み千切ろうとするが全く干し肉は千切れず、余りの硬さに驚き変な声が漏れた。


 「なんじゃ、こりゃ。硬いし、しかもかなりしょっぱい―てか塩しか、味がしないんだが・・・」


 口から離し、歯型の付いた干し肉を改めて観て俺は顔を顰める。

 

 「はぁ~、ほんと何が異世界転生だよ・・・」


 俺はまた、ため息を漏らし愚痴を零す。

 転生初日なのに俺は、結構な数のため息を吐いていた。


 俺が想像していたよりもこの異世界はハードモードらしい。

 ――でも、あのバスの事故で死ななかったとして、現実の社会も相当厳しい場面はあったはず。


 学校の成績はまずまずだったけど、大学に確実に受かるレベルでは無かったし、就職活動もする事は無かったが、年々厳しくなっているのをニュースでは観ていた。

 ――生きるとは、どんな世界でも厳しい物だ。


 「・・・だからと言って、異世界の危険な森に転生して、頼みの綱だった『スキル』が全く使えない状況とは比べられない気もするけど」

 

 しかもその選択をしたのが、自分自身だから余計だ・・・


 「・・・もう、これ喰って寝るか」


 再び、噛み切れなかった硬い干し肉に目を向け。

 今度は、食べれるように麻袋からナイフを取り出し小さく切ってから口に含んだ。


 けれど、やっぱり肉の味など無くただしょっぱいだけ、おまけにゴムを噛んでいる様な弾力と固さ。何回も噛んでも口の中の干し肉は一向に柔らかくなる気配は無かったので、しかたなく呑み込んだ。


 そんな最悪の食事を黙々と何回か繰り返し、ある程度お腹が満たされた所でやめ、寝る為の準備として辺りの茂みから葉の付いた枝を集め、大きな木の幹の隙間に被せる様に置き、俺はその葉の下で寝る。


 少し不自然かもしれないが、無いよりマシのカモフラージュをして、俺は就寝した。


 こんな、魔物が辺りをうろつくと言う森でロクな装備も無く、ちゃんとした偽装が成されている訳でも無い場所で寝る事のなど、普段の俺では到底考えられない。


 しかし、バスの事故死から始まり、唐突の異世界に転生。自分で選んだ事だが見知らぬ森にただ一人で、使えると思っていた物は使う事が出来ない。

 そんな様々な出来事が、知らぬ間に精神にダメージを与え続けた結果なのだろう。


 俺は瞼を閉じた瞬間には意識を失い、夢の世界へと旅立ったのであった。


 こうして、最悪の転生初日が終わりを迎えた。



 ◇◆◇◆◇


 翌日。

 日は登り、転生2日目となる朝を迎えた。


 寝起きの気分は勿論の事、よろしくない。

 

 あったかい寝袋何て物は無い上に、服は簡素なベージュ色のワンピースだけ。季節的に今が冬出なかったから良かったものの、それでも夜は外気の温度がどんどん下がり、時折風が吹くので眠っていても寒さを感じる程であった。


 カモフラージュの為に上に掛けていた葉の付いた枝のお陰で、少しは凌げていたがこれが続くとなると正直厳しい。


 ついでに言わせて貰うと、朝食として食べた丸い石みたいなパンだが――あれは、完全に石だ。


 触った感触から解る程の硬さに、昨日の経験を活かしてナイフで小さく切ってから口にするが、味など全くない。

 歯が欠けてしまうという硬さのパンを何とか口の中で噛み砕くが、砕いても何かジャリジャリするだけで、味は出て来ないし特に変化も無い。


 【食料(保存食)】は完全なハズレアイテム。

 これは栄誉補給とか人生を豊かにする為の食事などでは無く。

 ただ単に、空腹を紛らわす為の物体たちだ。



 そんな食事とも呼べない行為を早々に済ませた俺は、気分を変える為に今日の計画を立て始める。


 「まず、安全に寝れる拠点が欲しいな。お粗末なカモフラージュで、何時までも魔物の襲撃を防げるとは思えないし、しっかり眠れないと体力も回復し難い。」


 出来れば、雨風がしのげる洞窟なんかが好ましのだけど、見つけられなければ、何か他の手を考えよう。


 「次に食糧。草や木の実で良いから、とにかく色々と集めといた方が良いだろう」


 いつまでもこの【食糧(保存食)】が在る訳ではないし、まともな味がする物が食べたいからな・・・あっ、あと水も確保しないと。水分が無いと人間死ぬからな―エルフも同じかどうか判らんが。


 「それと、魔物は・・・取り敢えず、出会ったら逃げよう。ってかそれしか手が無い。――先ずはこんなもんだろうか?」


 他にもやるべき事は色々とありそうだが、何事も1歩づつしっかりと歩まないと昨日みたいに困った事に成りかねない。


 「なので、コツコツ小さの事を積み上げて行くとしよう。」


 こうして俺は転生2日目の行動を開始した。

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