第21話 新しい生活の始まり

 テンロウ領と王都を行き来していたエドヴァルドは、セイリュウ領に行く荷物を纏めるのも早かった。まだ結婚までには三年近く時間が必要だが、その間にエドヴァルドの私物も移動させて、生活に必要なものも揃えるつもりだった。

 二人揃って帰ってきたイサギとエドヴァルドに、なによりも喜んでくれたのは妹のツムギだった。


「エドさんと結婚できるようになったんだね」

「ツムギには、心配かけてしもたな」

「ううん。イサギ、エドさんと再会するまで、生きてるか死んでるか分かんないで、私以外の周囲の人間みんな怖がって、避けてたもん。エドさんが一緒にいてくれるようになって、安心する」

「男の嫁で申し訳ないですが」

「イサギは、エドさんしか望んでないから、大歓迎!」


 話す必要もないので、エドヴァルドが女性を愛せないことはツムギに伝えていないが、他にイサギは説明することがたくさんあった。家を空けていたのはほんの数日のはずなのに、あまりにも色々なことがありすぎた。

 夕飯を準備してくれるエドヴァルドを手伝って、家族三人で食卓について、一つ一つ話していく。


「それじゃあ、ファースト王女……じゃない、ローズ女王にも呪いがかかってたってこと?」

「そうなんや。魔女があの女やったことも驚いたけど、ほんまに抜け目がない」

「それをイサギさんが見抜いたから、金糸雀だったリュリュさんの呪いが解けたんですよ」


 誇らしげに語ってくれるエドヴァルドに、イサギはにやけてしまう。話題がレンとサナ、そして、エドヴァルドの失くした物についてに移ると、なんとなく照れ臭くなる。

 8年前にカフスボタンをくれてそれを理由に結婚を断り続けていたエドヴァルドの気持ちが、確かめたくて仕方がなくてそわそわとしているのに、双子のツムギは気付いたようだった。興味津々で問いかけて来る。


「7歳のイサギのこと、エドさんは好きだったってこと?」

「別に、私は少年性愛ショタコンとか、そういうのじゃないですからね。ただ、こんなに自分のことを好きと言ってくれる子が、同じ熱量で大きくなっても求めてくれるなら、きっと、私は世界一の幸せ者だろうなぁと思ったんです」


 成長途中の15歳ではあるが、8年経ってもイサギの気持ちは変わらなかった。後3年変わらなければ、女王の許しを得て、堂々と結婚できる。

 ダリア女王の考えが本気ならば、その頃には同性同士の結婚も禁じられたものではなくなるかもしれない。


「ダリア女王は立派なお考えをお持ちなのね」

「ダリア女王が政策を考えて、ローズ女王が実行なさるんじゃないですかね」


 そうやって、双子の女王はこれからも支え合って生きていくのだろう。

 伴侶を亡くした後で、前国王は心の拠り所を失って、自分の娘にすら関心を持たなかった。その間に、領主たちがしっかりとそれぞれの領地を守っていたから良かったものの、王都は国外追放に処されたはずのイサギとツムギの母親が王宮に入れるくらい、腐敗が進んでいた。

 薬草くらいでイサギに簡単に買収されて、身ぐるみはがされる警備兵が王宮にいたくらいなのだ、これからの女王たちが国を立て直すのは困難を伴うだろう。


「俺も、国の役に立つとか……そんな立派なことは言えへんけど、エドさんに見合う男になるために、魔術学校に通おうと思ってるんや」

「薬草学を学ぶつもりね。イサギの育てる薬草、物凄く育ちが良いって評判だったもんね」

「ふぁー!? ツムギは知ってたんか!?」

「イサギは、話しかけてくるひとからひたすら逃げてたから、気付かなかっただけでしょう。領主の御屋敷じゃ有名だよ」


 知らぬは本人ばかり。

 噂話も耳に入らず、生きる気力なく、薬草と妹とだけ向き合っていたイサギは、自分のことすら全く分かっていなかった。


「15歳なんて、そんな年頃ですよ」


 優しい婚約者のエドヴァルドは、これから自分のことも、周囲のことも知って行けばいいと言ってくれる。

 その第一歩が、魔術学校に戻ることだった。

 魔術の才能がある成績優秀者は、学費を免除されて魔術学校に入れる。幼年学校を卒業してから、魔術学校に入るので、イサギも12歳からの2年間魔術学校に通っていた。

 再入学のための試験を受ければ、2年生からの入学を許される結果が出た。学費を稼いでから魔術学校に入るものも、成績優秀で幼年学校卒業後にすぐに入るものもいるので、1年程度の差は、気にならないだろうと言われていた。

 学校に入る準備の一環として、薬草畑での仕事もひと段落させなければいけない。これまでのように毎日薬草畑に世話には来れないし、ツムギも劇団が王都での公演が決まったので、頻繁には薬草畑に行くことができない。後任を決めるためにサナに相談に行った席で、手を挙げたのはエドヴァルドだった。


「私もセイリュウ領で何か仕事をしなければいけないと思っていましたし、学校が終わってイサギさんが薬草畑に通うのならば、一緒に仕事ができるでしょう?」

「ふ、夫婦で、一緒にお仕事やなんて、そんな、幸せなこと、ええの?」


 魔術学校の学費は富裕層でなければ簡単には払えないので、働きながら通っている者もいる。授業が終わってイサギがエドヴァルドと夕飯までの時間働くのも、無理ではなかった。


「幸せそうで癪に障るけど、うちも幸せやし、許したるわ。エドヴァルドはん、分からんことはイサギに聞いてな」

「俺も薬草貰いに行くと思うけん、よろしくね」


 寄り添うサナとレンも仲睦まじい。

 結婚の決まっているローズ女王より先に結婚式は挙げられないので、式典が整うまでは婚約者のままだが、ローズ女王の結婚式の後には、セイリュウ領でも盛大に領主の結婚式が行われることになっていた。


「ほな、エドさんに紹介せなあかんな」


 忙しく劇団の練習に行ったツムギは不在で、日除けの帽子と作業用の手袋を付けて、イサギとエドヴァルドは薬草畑に向かった。領主の屋敷の庭にある薬草畑は広く、害獣除けに柵があり、脱走除けにネットも張ってある。


「ここら辺が、人参、大根、蕪のマンドラゴラや。こいつら、活きのいいのは脱走するから、ネットで捕まえとかなあかん」

「普通のマンドラゴラは脱走しないものなんですけどね」

「俺のせいみたいなんや……こっちは、向日葵駝鳥。秋になったら、ススキに植え替えるんや」

「走り回ってますね……」


 高い柵の中を走り回る向日葵の駝鳥も、しっかりと脱走防止をしてある。実った種から抽出する油が、魔術具や魔術薬の原料となるのだ。

 続いてはネットの張った畑に行くと、足元にぽとりと何かが落とされた。下を見たイサギは、得意げに丸い猫の形のスイカが、捕えたモグラをくれたのだと理解した。


「こいつ、育ちすぎてしもて、収穫しても勝手に動きよるんや。タマって名前付けてるんやけど」

「これがサナさんの仰ってたタマですね。イサギさんの婚約者のエドヴァルドです」


 丁寧にエドヴァルドが挨拶をすると「びにゃあああああ!」と野太い声で鳴いて、タマも返事をする。続いて現れたのは南瓜頭の犬だった。


「これも、魔法薬になる予定やったんやけど、活きが良すぎて、何度出荷しても脱走して帰ってきてまうから、害獣除けになるし、飼うことにしたんや」

「もしかして、ポチですか?」

「そうや」


 手袋をつけた手でエドヴァルドが南瓜頭の犬、ポチを撫でると嬉しそうにオレンジ色の尻尾を振っている。


「緑の手、というのをご存じですか?」

「なんや、それ?」

「植物を元気にさせる才能のあるひとのことを、『緑の手を持っている』というみたいなんです。イサギさんは、きっとそうなんですね」


 そういう風に言われれば悪い気はしない。

 ポチとタマに囲まれて、薬草畑をエドヴァルドと歩くのは、デート気分で楽しかった。魔術学校で嫌なことがあっても、エドヴァルドが待っていると思えば、耐えられる気がする。


「三年後には、立派な魔術師になったる」

「お待ちしていますね」


 その暁には、初恋のひととの結婚が叶う。

 勘違いをして『魔王』から初恋のひと、エドヴァルドを取り返そうと空回りした日々は終わったが、まだ、イサギには3年の時間がある。それもまた、エドヴァルドと一緒ならば、きっと楽しいのだろうが。

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