第二章 魔術学校とそれぞれの恋
第22話 女王の結婚と、『魔王』の結婚
名前を与えられなかった双子の王女は、国王が退位してから、
異国で女王の愛人だった宮廷楽師に、自分の座を奪われると警戒されて、解呪の魔術はそのままだが、使えば使うだけ命を削る呪いをかけられた金糸雀は、最後の力を振り絞ってダリア女王にかけられていた、醜いドラゴンになる呪いを解いた。そのまま命を落とすはずだった金糸雀の呪いを解いたのは、ローズ女王の解呪の口付けだった。
ロマンチックに国中で語られるローズ女王と金糸雀だった魔術師の少年の恋が、簡単に実ったわけではないことは、そのために駆けずり回ったイサギも知っていたし、それから先も大変だったことは、ローズ女王の従兄でイサギの婚約者であるエドヴァルドからも聞いていた。
魔術師であり、ローズ女王と同じ解呪の魔術に秀でているリュリュは、間違いなくローズ女王と相性が良く、優秀な魔術師の血統を継ぐ子が生まれる予測はできるのに、異国から来た得体の知れない魔術師ということで、警戒されていた。
「海を渡った大陸から送り込まれた刺客かもしれないのですよ」
「リュリュは命を懸けて妹の呪いを解いた。その間、貴殿らは、何をしていたのかな?」
「そ、それは、我らは一領主、国王陛下の命には逆らえません」
「では、大人しく私の命に従えばいいのだ」
一番反対が激しかったのは、コウエン領とモウコ領の領主たちだが、彼らが魔女の言うなりになって私腹を肥やしていたのは事実だったので、それ以上逆らえば切り捨てかねないローズに反対はできなかった。
女王の従兄の婚約者として、イサギも結婚の式典に出席しなければいけないとエドヴァルドから教えられて、イサギは本気で遠慮して逃げ出したかった。本人に自覚はないが魔女を殴り倒したのはイサギだし、金糸雀の呪いを解くきっかけを与えたのもイサギだ。
暗殺が失敗して双子の妹のツムギと一緒にベッドの下に隠れてしまった日のように、どこに隠れようかと思案するイサギの気持ちを動かしたのは、エドヴァルドの言葉だった。
「私と結婚するということは、こういうしがらみから逃れられないということなのですよ」
「……頑張らな、エドさんと結婚できんってことやな」
泣いて逃げて、怖がって隠れて。
誰にも関心を持たれないように、誰にも深く関わらないように、死んだようにひっそりと生きてきたイサギが変わろうと思えるのは、いつだってエドヴァルドが原因だった。
「何を言われても、私の隣りで堂々としていてください。私は絶対にイサギさんから離れません」
「分かった。俺は、俺の大事なひと以外の言葉は聞かへん。サナちゃんを見習うわ!」
どんな陰口を叩かれても、嫌みを言われても、隣りにはエドヴァルトがいてくれる。
式典のために仕立てたスーツは、似合っているかよく分からなかったが、エドヴァルドの上品なスーツを同じ濃紺の生地を使ってあって、裏地がエドヴァルドは光沢のある明るい青、イサギは光沢のある臙脂色で、ネクタイとハンカチもそれに合わせてエドヴァルドが選んでくれた。
作業用のぼろぼろの靴ではなく、良く磨かれた革靴も揃えられて、全部着てみるとエドヴァルドとツムギがネクタイの位置を整えてくれたり、襟を正してくれたりする。
「流石、エドさんの見立てね。イサギがカッコよく見えなくもないわ」
「微妙な言い方やなぁ。エドさん、どない?」
「とても素敵ですよ」
結婚の式典には、お祝いと側仕えのレンがいなくなったダリア女王の寂しさを慰めるためにと、ツムギの劇団も呼ばれていて、イサギとは別行動になるがツムギも王都に出向かなければならなかった。
「早速、サナちゃん、レンさんに最高級の着物を仕立てて、着せて、一緒に式典に出るつもりらしいよ」
「レンさんは、背が高いから、着物も似合わはるやろなぁ」
「イサギさんは着物、着ないんですか?」
セイリュウ領では、帯で腰回りを巻いて留める着物が、古くからの衣装として伝わっていて、正式な場で着ても構わないことになっているが、着方が面倒くさいのと、洋装の方が仕事には楽なので、貴族くらいしか着なくなっている。今回はスーツをエドヴァルドに選んでもらったので、次はイサギがエドヴァルドの着物を選んでもいいのではないかと、言われて気付く。
「俺も、着られへんわけやないんや。畑仕事すると汚れてまうから着んだけで。サナちゃんとレンさんの結婚式には間に合うように、エドさんとツムギと俺と、お揃いで仕立てよか?」
「私も良いの? 二人でラブラブじゃないの?」
「ツムギさんも、私の大事な義妹ですよ。王都では、私の弟も式典に出ると思いますので、紹介しますね」
「そうか、クリスさんもおるんか」
セイリュウ領の領主としてサナは当然出席するし、その婚約者としてレンも出席する。劇団で行動するとはいえ、ツムギも王都にいるし、クリスティアンとも合流できる。
知っている相手が多いのは、臆病なイサギにとっては救いでもあった。
結婚の式典の当日に移転の魔術で王都に入り、エドヴァルドがローズ女王とダリア女王の従兄なので、王族の席に立つのは、脚が震えたが、怯えているイサギに気付いたクリスティアンが、笑顔で手を振ってくれたので、少しは緊張も解れた。
ドレス姿ではなく、白い軍服姿で結婚式に臨んだローズ女王よりも、リュリュは小柄で華奢で、ローズ女王の豊かな胸がなければ、どちらが女性か分からない。トレーンのようなフリルの裾のついたタキシードのリュリュは、ドレスを着ているようだった。
イサギと同じ年で結婚するリュリュに、イサギもエドヴァルドと結婚する妄想をしてしまう。
今日のようにお揃いのタキシードを着るのだろうか。セイリュウ領にエドヴァルドが嫁いできてくれるのだから、羽織袴でも良いかもしれない。
妄想している間に、結婚の式典は終わって、食事会にも招かれていたが、それは上手にエドヴァルドが断ってくれた。
「イサギさんはまだ15歳ですので、お酒が飲めません。食事会でお酒をお断りするのも失礼ですし、セイリュウ領ではサナさんとレンさんの結婚の準備もありますので、お暇致します」
「私も早くリュリュと二人きりになりたいので、さっさと切り上げるつもりだ。サナもレンもセイリュウ領に戻るといい」
貴族との付き合いも大事だが、それよりも跡継ぎを作ることが女王に課せられる一番の重要事項だ。
「リュリュの子なら、何人でも欲しいな。十人でも構わない」
「そ、そんなに産まれたら、ローズ様がお体を壊します」
「子どもを産んでも休めるように、ダリアと二人で女王になったのだ」
新婚のローズとリュリュは仲睦まじく話していた。
女王よりも先に結婚式は挙げられないと遠慮していたサナも、これでようやく結婚の準備に入れる。
打掛を合わせて、レンの作った髪飾りとイヤリングを付けるサナは、浮かれているようだった。
「レンさんとサナさんの結婚に、どこからも文句が出なかった理由を、ご存じですか?」
ツムギの分の生地も選んで、サナとレンの結婚式で着るためのエドヴァルドとイサギの着物を仕立てに行った帰り道で、エドヴァルドに問いかけられて、イサギはなぜそのようなことをエドヴァルドが聞くのか分からなかった。
「レンさんは、ダリア女王さんの側仕えやし、ローズ女王さんが許したんやから、サナちゃんと結婚してええんやないの?」
分かり切っていることだと答えれば、エドヴァルドはそれだけではないのだと教えてくれる。
「サナさんは、セイリュウ領に魔術学校を作って、領民の教育に力を入れています。それが、魔術師を増やしてどの方向に領地を改革していくのかを、他の領主たちは警戒して見ていたのですよ」
軍備に力を入れるのならば、反逆すらも可能となる恐ろしい領地になるかもしれない。国王軍として一目置かれる存在となって、領地を更に広げる魂胆かもしれない。
どういうつもりでサナが自分の領地を改革していくかに、他の領主は戦々恐々だった。探りを入れるために、早々と跡継ぎにならない自分の息子をサナと結婚させようと送り込んだのが、エドヴァルドの父親、テンロウ領の領主だ。
「サナちゃんは戦争したりせぇへん……と思う、知らんけど」
「レンさんと、イサギさんが、それを証明したようなものなんですよ」
「レンさんはともかく、俺も?」
意味が分からずに驚くイサギに、エドヴァルドが説明してくれる。
「レンさんの魔術具を作る腕は、恐らくは国一番です。彼を婿として迎えたということは、サナさんは領地を魔術具作りを売りにしていくのだと思います。それには、イサギさんの薬草畑が欠かせません」
「そのためにも、俺を魔術学校に行かせて、薬草学を学べて?」
「そうですよ。サナさんは結婚後、レンさんを
国に反逆するかもしれないと恐れられた『魔王』は、良き伴侶を迎えて、技術者を育てるように領地を改革していく。
「魔法薬にも薬草は欠かせません。医学と、魔術具。この二つがこれからのセイリュウ領を支えていくのです」
「誰も戦わんでええってことやな」
戦いたくない。
暗殺に失敗して以来、攻撃の魔術を恐れるようになったイサギにとって、エドヴァルドの話は、心から安心してセイリュウ領に住み続けることができるという実感となる。
先に知らされていたエドヴァルドの話を聞いていなければ、サナが結婚式の場でセイリュウ領に新しく工房を建て、薬草畑を広げると宣言しても、イサギはピンと来なかっただろう。
ローズ女王と、サナの結婚式が終わって、国と領地がようやく落ち着き始めた頃に、イサギは魔術学校に入学した。
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