第13話 勉強不足、力不足

 金糸雀がひとの姿になってファースト女王と言葉を交わしたのは、たった一度だけ。まだあどけない少年の姿の彼は、もう一度歌えば自分の命が亡くなると分かっていても、ファースト女王の大事な妹、セカンド女王を助けることを選んだ。

 優秀な薬師や魔術師たちの手によって、なんとか死なずにいるが、もう動くこともできない金糸雀は、女王となったファーストがスプーンで口元に運ぶ砂糖水を少し飲むだけで、その命が消えかけているのは見て分かった。


「サナちゃんに呪い、解けへんのでしょうやろか」


 ぐしゃぐしゃの泣き顔をエドヴァルドに清潔なハンカチで拭いてもらって、ファーストに問いかけたイサギも、サナの専門は攻撃であり、解呪は得意ではないことは理解していた。それでも可能性があるのならば、サナとは学友でもあるファーストは、国一番の魔術師で『魔王』とまで呼ばれたサナを呼び寄せないのか。

 呼び寄せる方向で話が纏まれば、レンとのことも、サナ自身で解決できるのではないかとイサギは期待していたが、完全にサナは拗ね切っている様子だった。


『解呪はうちは得意やないって、ファースト姫さんも知ってはるやろ。うちは自分に降りかかる攻撃を防ぐのと、自分に向かって来る敵を地獄に落とすのが得意なだけや』


 国一番の魔術師で『魔王』とまで呼ばれるサナですら、自分の恋愛ですら成就させることは難しい。レンは男性で、サナは女性。身分差はあるのかもしれないが、レンは国王のうち一人となったセカンドの側仕えなのである。公爵家のサナが望んでおかしい相手ではなかった。


「ストレートに言わへんから、通じんのや」

『ストレートに言うても通じへん、可哀想な奴が遠吠えしとるみたいやな』

「サナちゃん、拗ねてても、誰も愛してくれへんで」

『泣いて駄々捏ねるだけのお前に言われたないわ』


 従姉弟いとこ同士、言い合って通信がぷつりと切れて、イサギは自分の計画が失敗したことに気付く。どうにかサナを煽って王都に来させて、レンとの恋愛関係を成就させようと画策しても、サナは乗ってこない。


「あの魔女に乗せられてセイリュウ領に入り込んだ愚か者どもの処理もありましょうから、サナ様はお忙しいのですよ」

「私の愛しく可愛い金糸雀……どうすればそなたを生き永らえさせることができるのだろう。どんな音楽よりも美しい声を聞かせておくれ」


 情熱的なファーストの手の平の上で、金糸雀はぐったりとしている。

 呪いを解く歌を歌う金糸雀は、自分の呪いは解くことができず、他人の呪いを命の限りに解いて死に逝こうとしている。


「エドさん、俺、呪いを解く方法を探してくる! 待っててや!」

「王都はあの魔女が後妻に入ってから急激に荒れています。安全な場所で寝泊まりできますか?」

「へ、平気や」

「イサギさんは、まだ15歳なのですよ。セイリュウ領に戻るまでは、サナさんに対して私は責任があります」


 まだ子どもだと言われたようで、胸を内側から握り締められたかのように、ぎゅうっと心臓が痛む。聞き逃せないことに、エドヴァルドはサナの名前を出してきた。


「やっぱり、サナちゃんに、呪い、かけられたんか?」


 いうことを聞くように、結婚もできない、サナの利益のために動かなければいけない、そんな呪いをエドヴァルドはかけられてしまったのだろうか。


「呪いなんて、サナさんはかけませんよ」

「いいや、分かってる。俺には分かる。呪いはかけられた相手のことも、その呪いの解き方も、口に出せんようにされるもんなんや」


 攻撃の魔術が専門とはいえ、サナは国一番の魔術師である。エドヴァルドすら気付かないうちに呪いをかけているのかもしれない。


「絶対に、俺がなんとかしたるから!」

「イサギさん!」


 止めようとするエドヴァルドの手を名残惜しく剥がして、イサギは城下町に降りた。新国王のお触れは、既に国中に知れ渡っているようだった。

 次の新月の夜までは、もう三日も時間はない。

 我こそはと、解呪の能力を持つ魔術師たちが、城には殺到している。呪いが解ければすぐにでも国中に知れ渡りそうなものだが、全くその気配もない。

 城下町の魔術具を売っている店では、既に解呪の魔術のかけられたものは全て売り切れていた。


「人魚の鱗と、水中月光花に、人参マンドラゴラの、解呪薬はどうだったんだい?」

「人魚の鱗は貴重だっていうのに、全部使っても無理だったよ」

「クラーケンの目玉の干したやつは?」

「生憎、切れてて、新しいのを仕入れるまでには、金糸雀は死んじまってるだろうさ」


 薬草も取り扱う魔術具の店で、魔術師たちが話しているのを聞いた限り、イサギが魔術学校で習った程度の解呪の魔術薬は全て試した気配だった。自分で学費を貯めてから魔術学校に入る生徒もいるので、魔術学校の生徒の平均年齢は意外と高い。

 成績は優秀だったが、攻撃魔術や防衛の実践が怖くて、ツムギが演劇をやるために学校を辞めてしまったときにイサギも辞めてしまったが、もっと先まで勉強をしていて、魔術薬学のゼミに入れて研究室で研究できていれば、もっと解呪の魔術薬について詳しくなれたのかもしれない。

 勉強をしないと逃げ出したことに後悔はなかったはずなのに、過去に戻れるならばやり直したいと過ってしまう。


「過去には戻られへん……知らんことは、調べるまでや!」


 王宮の図書館に、また警備兵に変装して入り込もうとしたイサギだが、「セイリュウ領のサナ様の従弟の魔術師のイサギ殿ですね。ファースト女王より伺っております」と一礼して図書館を使わせてもらえることになった。

 恐怖で我を忘れて覚えていないのだが、魔女を倒したのはイサギで、そのことをファーストに評価されて、王都で自由に動けるようにしてもらえているなど、イサギが気付くはずもない。


「もしかして、エドさんが俺のために……」


 ぽぅっと頬を赤らめて、脳内ではすっかりとエドヴァルドがかっこよくイサギを守って、魔女を倒した妄想を作り上げているイサギは、デレデレと鼻の下を伸ばしながらも、図書館に案内された。

 アイゼン王国の古くからの文献が保存されている図書館。活版印刷と魔法印刷の技術が上がってきたので、本もどうにか富裕層だけのものではなくなったし、魔術学校でも教科書を生徒一人一人が持つことができるようになっているが、それ以前の本というものは手書きで書き写して、一冊ずつその個人のために製本したものだった。

 印刷した本は活字がはっきりしているので、イサギでも容易に読めるが、古い文献ともなると、古代文字や書き手の癖が入っているので、読むのに辞書を引きながら、相当時間がかかる。


「勉強しとけば良かった……」


 セイリュウ領には魔術学校があって、サナが領主になってから識字率も上がり、イサギは学校にも通わせてもらっていた。勉強の成果は、確かに薬草を育てたり、保管するために加工したりするのには役に立ったが、できることをやっていただけでイサギは技術の向上など考えたこともなかった。

 持っている技術だけで、サナの屋敷の薬草栽培係として、ツムギ曰く「生きているのか死んでいるのか分からない毎日を送る」のがイサギの人生のはずだったのだ。

 恋はひとを変えるというが、エドヴァルドが去ってからのイサギは抜け殻のようになってしまったし、エドヴァルドと再会してからのイサギは自分の力不足、勉強不足を思い知らされることになった。


「人参マンドラゴラ……生きのいい……」


 文献を読むイサギの背中の荷物がもぞもぞと動く。

 それに気付いて、イサギは荷物の中を覗き込んだ。そこにはセクシーに脚を組んだ、人参マンドラゴラの姿があった。


「脱走はあかんて言うたやないか!」


 突っ込むイサギに、薬草に紛れて荷物に入り込んでいた人参マンドラゴラは「知らんがな」とでもいうように、薬瓶の上で脚を組んでポーズをとっていた。

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