第12話 魔女の正体
忍び込もうとした王宮はにわかに騒がしくなっていた。出入りする警備兵の口から、「ファースト王女」「セカンド王女」の名前が出てくる。どうやら、ファースト王女は無事にセカンド王女を地下牢から救い出し、魔女の後妻を糾弾すべく動き出しているようだった。
そこには恐らく、レンもエドヴァルドもいるだろう。
これから起きるのは、魔女と王女の国をかけた争いである。
恐ろしさに膝ががくがくと震えるが、不審な動きをしていると目を付けられてしまう。騒ぎに気付いてはいるが、さぼっている様子の警備兵を見つけて、イサギはサナになったつもりで声をかけた。
「ええもん、あるんやけど、興味ない?」
「なんだ、貴様?」
「気持ちよくなれるオクスリ、欲しない?」
荷物からちらりと見せたのは、薬草の入った瓶である。
魔術に使われる薬草は、使い方ひとつ間違えれば、毒にも麻薬にもなる。そのため、栽培も持ち出しも、領主によって厳しく管理されている。無断で薬草を保管庫から持ち出したのだから、イサギは帰ったらサナに殺されるかもしれない。
もう後戻りはできない。レンを連れて帰って、サナの恩情に縋るしかない。
「そんな貴重なもん、なんで……」
「安ぅ譲ったるわ」
薬草につられて付いてきた警備兵の差し出すパイプに詰めたのは、気持ちが良くなるオクスリではなくて、身体に痺れの走る薬草だったのだが、そんなことに素人の警備兵が気付くはずもない。金を受け取って、パイプの煙をくゆらせている警備兵を観察していると、すぐに白目を向いて体を痙攣させて倒れてしまう。
身ぐるみを剥いで、脱いだ服は荷物に詰めて、イサギは警備兵の制服に着替えて、何食わぬ顔で王宮の門を潜った。
胸が弾けそうなくらいに心臓がバクバクと鳴って、恐ろしさに手に汗が滲むが、緊急事態に誰も彼も余裕がなく、イサギは王宮の中に簡単に入れてしまった。
ここから先がもう一段階面倒くさい。
国王を守るのは、警備兵よりも格の高い親衛隊の魔術騎士たちで、彼らと警備兵の制服はまた違うのだ。魔術も使えない、薬草の知識もないただの警備兵と、親衛隊の魔術騎士とは難易度が違った。
「どうすればええんやろ……」
困難にぶつかって立ち尽くすイサギの肩を抱く逞しい腕に、イサギはその相手を見上げた。他の相手ならば触れられただけで気持ち悪く、嫌な気分しかしないが、爽やかな香水の香りのする彼は、三つ揃いのスーツに長身で、潔く剃り上げた頭の形も良い、逞しい美男子だ。
「え、エドさん……」
「危険なのに、どうしてこんなところに……そのまま、私のそばから離れずに歩いてください」
セカンド王女が元の姿に戻った今、エドヴァルドはサナを殺す必要はなくなった。報告に来る態を装って、ファースト王女とセカンド王女と合流する手はずになっていたのだろう。
王族で王位継承権も持っているエドヴァルドに、親衛隊といえども軽々しく手出しはできない。
王の謁見の間に、ドレスを着替えた美しいセカンド王女と、軍服に身を包み、月の装飾にムーンストーンのティアドロップを飾ったイヤリングを付けた凛々しいファースト王女の二人が、国王と後妻の魔女と対峙していた。
黒い際どいドレスを纏った後妻の魔女は、前の王妃を失って喪に服す国王の黒い服と色調を合わせている。その顔にどこか見覚えがあるような気がして、イサギは魔女の顔をまじまじと見つめてしまった。
「観念なさった方が良い。セカンドは父上に本当のことを話しに来たのだ」
「あの魔王に幻影でも見せられて操られてはるんやないんですの?」
「いいえ、わたくしが湯浴みを終えて、魔術具を付けていない時間を狙って、あなたはわたくしに醜いドラゴンとなる呪いをかけた」
「私の呪い程度、ファースト王女様の解呪の魔術でどうにでもできたはずやろに。あの魔王サナのもんでしたら、解けなかったやもしれまへんけど」
薄ら笑いを浮かべて赤い唇で話す魔女に、イサギは完全に視線を奪われて凍り付いたように立ち尽くしていた。
この喋り、この声、この顔を、イサギは知っている。
8年前と変わらぬ、若々しい姿だが、だからこそイサギにははっきりと分かる。
問答無用と剣を抜き払ったファースト王女に、魔女が笑いながら国王の後ろに隠れる。ふらりと幽鬼の如く立ち上がった国王の目に、光はない。
「何を誤解してはるのか。ぜぇんぶ、あの魔王の仕組んだことに違いありまへん。あぁ、怖いわぁ。はよ、助けてぇ」
雌猫のように国王に身体を摺り寄せて助けを求める魔女に、国王が親衛隊に手を挙げて合図をする。躊躇いながらも、親衛隊の魔法騎士が剣を抜く。
「お許しください、ファースト王女」
「ファースト王女、これを! セカンド王女、お下がりください」
駆け込んできたレンがファースト王女に鞘に入った短剣を投げた。そのまま、争いに巻き込まれないようにセカンド王女の手を引いて下がらせる。短剣を引き抜き、剣と二刀流にしたファースト王女の短剣から透明な盾が展開されて、次々と魔法騎士が攻撃を弾かれ、退けられて行った。
その中ムーンストーンのイヤリングだけは、砕けずにしゃらしゃらとファースト王女の耳に揺れている。
「そなたらも、国王がおかしいことには気付いておろう! 無駄に命を落としたくはなかろう、退け!」
謁見の間に響き渡る声で告げたファースト王女の前から、親衛隊の魔術騎士が退いて、魔女までの道が拓ける。魔術騎士が使えないと分かったのか、魔女の視線がイサギに向いた。
「イサギやないの。大きなって。うちのこと、助けにきてくれたんやな」
「……う、うぁぁぁ!?」
「イサギさん!?」
がくがくと震えるイサギに親し気に話しかけるのは、8年前と全く変わらぬ姿の国外に追放されたはずの母親だった。
「あの生意気な小娘を殺そう思うて、うちも努力したんやで? なぁ、お母はんのこと、見捨てへんやろ?」
お前はええ子やもんなぁ。
ねっとりと絡み付く呪いのような言葉に、震えて動けないイサギをエドヴァルドが抱き締めてくれる。逞しい腕と暖かさに、土気色になった顔色が戻りかけたとき、魔女の魔術が放たれた。
「あかん! 誰であろうとも、エドさんを傷付けさせへん!」
足元から立ち上る業火に包まれそうになったエドヴァルドとイサギに、反射的にイサギは浮遊の術式を編んで飛び上がっていた。エドヴァルドは後方に避難させて、自分は一瞬で魔女との距離を詰める。
握り締めた拳を思い切りその顔に叩き込んで、それに更に強化の魔術がかかっていて、魔女が白目を向きながら吹っ飛んだのは、イサギにとっては完璧に無意識下の出来事だった。自分でも何をしたか分からずに、泣きながらエドヴァルドの元へ戻って、抱き付くと、涙がぼろぼろと零れて、洟が垂れる。
「ご、ごわがっだ……エドざん、めっぢゃ、ごわがっだ……」
「あぁ、イサギさん、よく頑張りましたね」
黒い噂のあった国外から来た魔女は、元セイリュウ領の領主の妻で、イサギとツムギのトラウマの元凶とも言える母親だったのだ。
「エドざん、おれをだずけでぐれだんやな」
「え? いえ、イサギさんが……」
「魔女をだおじでくでで、あじがどう」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、洟を啜りながら言うイサギは、自分が魔女を倒したなど気付いてもいない。自分のためにエドヴァルドが倒してくれたのだと、惚れ直していた。
床の上で白目を向いて痙攣している魔女を、魔術騎士に連れて行かせて、ファースト王女が国王の前に立つと、靄が晴れたかのように、国王の目に生気が戻ってくる。
「父上、退位なさってください」
「私は……」
「この国は、私と妹で継ぎます」
王座に座り込んだ国王は、もうファースト王女とセカンド王女に何も言うことはできず、その日、王位はファースト王女とセカンド王女、二人に譲り渡された。
「私の愛しい伴侶の呪いを解けたものには、望むものを授けよう」
争いの間も胸に大事に隠していた金糸雀は、死にかけていた。
一刻も早く呪いを解かなければ、セカンド女王を救い、ファースト女王が伴侶にと望む少年は死んでしまう。
国中にお触れが出された。
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