第7話 お次は四天王、ただし最弱

 戦うことは恐ろしい。

 7歳の幼い日に、反逆の罪を着せられて今では『魔王』とまで呼ばれるサナの暗殺に失敗して以来、イサギは戦い方を知っていたが、争いごとから逃げ回って生きてきた。戦えるのだから魔術騎士にならないかと誘われたこともあったが、恐ろしくてそんなことができるわけもないと逃げた。

 結果として、領主の館の薬草畑と薬草倉庫を管理する平和で平凡で地味な生活が続いているのだが、それに関してイサギもツムギも全く文句はなかった。殺し合うのは怖い。あの日のサナの姿は、トラウマとなってイサギとツムギに刻み込まれている。

 ずっとしまい込んでいて、触れることのなかった胡蝶刀は、抜けば氷の魔術がかかっているので青白く光り、切れ味は落ちていないことが分かる。震える指先で鞘に戻して、イサギは仕事に行く荷物の中にそれを忍ばせた。


「エドさん、今日は遅くなると思うから、夕食は先に食べてて」

「お仕事、忙しいんですか?」

「王都から来てはる魔術具作りの御人が、薬草たくさん使ってもええように、準備しとかなあかんからなぁ」


 家に置いてもらっている代わりに三食食事を作ってくれるエドヴァルドに、日が増すごとにイサギの想いは募るばかりだった。怪我をしたら心配してくれて、朝と夜には暖かい美味しいご飯を作ってくれて、昼はお弁当を持たせてくれる。

 魔術通信具で、エドヴァルドは王都にいる弟や知り合いと情報交換して、国王や後妻の妃の様子を伺っている。隠蔽の魔術を使って、食材を買いに出かけたり、街の様子を見まわったり、それなりに自由には暮らしているようだった。


「私も、今日は練習で遅くなるかも」

「ツムギさんも、イサギさんも、無理をなさらないでくださいね」


 心なしかエドヴァルド心配そうなのは、初日にイサギがサナをおびき出すための人質にされそうになったからだろう。今年15歳になったイサギは、26歳のエドヴァルドからしてみれば、7歳のときと同じく幼子のような感覚なのかもしれない。

 対等に恋愛対象になる方法が分からない。魔術で呪いをかけられて、自由に結婚できないようにされているエドヴァルドが、自由になったとしても、イサギを選んでくれるわけではないというのは分かっている。

 それでも、恋する勘違い勇者は、好きなひとのために何かせずにいられなかった。

 領主の屋敷で薬草を収穫して、虫を駆除して、雑草を抜いて、畑を整えて、水やりをして、保管庫では収穫した薬草の処理をする。


「イサギさん、よろしいですか?」

「え、ええんちゃうかな、知らんけど」

「イサギさんにお聞きしているのですが」

「サナちゃんがあんさんにここのもん、何でも使ってええって言うたんやったら、俺に断ることないで」


 保管庫を訪ねてきたレンが幾つかの薬草を求めるのに、イサギはじりじりと後ろに下がって逃げ腰になってしまった。このひとがサナの想い人ならば、あまり近付くのは危険だ。関係を誤解されてサナに追い出されるのは、邪魔者のイサギの方だろう。


「管理されているのはイサギさんでしょう。これもいただいて良いですか?」


 サナとイサギが従姉弟いとこ同士だと知っているわけではないのに、イサギにまで礼儀を払ってくれる相手。彼だからこそ、サナは惚れたのかもしれない。

 気持ちは分からなくないが、エドヴァルドと二股をかけるような状況は許せないと、レンの背中に隠れながら領主の執務室に行ったが、先日のことが怖くて入ることができない。


「幾つか、作らせていただいたのですが」

「簪? レンさん、簪やら使わはるの?」

「あなたに」


 ドアの外で震えていると、中から聞こえてくる会話に、イサギは目を見開く。完全にサナの片思いかと思っていたら、そうでもないのかもしれない。


「うちに? 嬉しわぁ。ちょっと待って……似合う?」

「とても、お似合いです。守りの魔術がかけられておりますので、サナ様の御命を守る助けになると思います」

「工房に籠ってはったの、うちのもんを作るためやったの?」


 甘い空気が部屋に流れ始めている。

 お邪魔虫だと感じ取って、廊下をこそこそ逃げ出そうとしたイサギは、凛と響くレンの声を聞いて脚を止めた。


「ここにお世話になっているお礼です……どうか、わたくしを王都に」

「まだ諦めてなかったんか?」

「わたくしがここにいる限り、サナ様の嫌疑も晴れません」

「うちの嫌疑は、あんさんが戻ったところで晴れはせんよ。あんさんは、うちのもんや。……うちのもんに、なって?」

「セカンド王女が元のお姿に戻られたら、こちらで働くように要請されても構わないと思うのですが」

「そうやなくて……」


 全くサナの気持ちはレンに通じていないようだった。

 その姿に、イサギは自分とエドヴァルドの姿を重ねてしまう。どれだけ希っても叶うことのない恋。


「でも、二股は……」

「……なんや、邪魔な鼠がおるみたいやな」

「ひぃ!?」


 廊下で呟いたイサギの目の前の窓が大きく開く。逃げ出すことできず腰を抜かしている間に、身体が浮いた。サナの魔術だと認識していたが、抵抗することができない。

 大きく開いた廊下の窓からたたき出されて、イサギはまた悲鳴を上げて必死に魔術の術式を編んで、地面に激突を避けた。代わりに、窓の下に生えていた木に頭から突っ込んで宙づりになってしまったのだが。

 枝で引っ掛けて、せっかくエドヴァルドが魔術薬を塗って治っていた顔が、また傷だらけになって、半泣きになりながらも、仕事を終えたイサギが向かったのは、裏通りだった。

 エドヴァルドと再会した日に、引きずり込まれた人気のない薄暗い小道に入り込むと、すぐに囲まれる。


「獲物が自分から入ってきた」

「今度こそ、確実に捕まえろ! 腕の一本や二本、なくても構わんだろう」


 抜き払った剣をイサギは値踏みするようにじっくりと見た。


「一本いくらくらいで売れるやろなぁ」

「何を言って……」

「すまんな、貴様らが悪いんやで? 『魔王』サナの四天王にかかってきたんやから!」


 腰の後ろで長衣の上に巻いたベルトで固定した、一対の胡蝶刀。両手で一本ずつ柄を握って引き抜くと、刃が青白い光を放つ。振り下ろされた剣を受け止めると、刃が触れ合った場所から凍って行って、柄まで凍った剣を取り落とす男のベルトを、もう片方の手に持った胡蝶刀で切ってしまう。

 ズボンがずり落ちて下着が見えている男が、逃げるにも脚にズボンが絡まるのを腹に蹴りを入れて、続いて切り込んできた相手の剣を片手の胡蝶刀で受け止め、もう片方の柄をこめかみに叩き込む。

 隙を付いて次の男が手首に切り付けてきたが、防御の魔術を展開したので浅い切り傷しかできず、逆にその男の剣が吹っ飛ぶ。


「こ、こいつ、強いぞ!?」

「聞いてない! 魔王の従弟は最弱だと……」

「せやな、俺は四天王の内でも最弱や」


 実のところ、魔術の腕ではツムギの方が上だし、他にもサナに次ぐ魔術を持つ、イサギとツムギを育ててくれた養父の叔父もいる。

 冷え切った表情で全員を石畳の上に潰してから、イサギは念入りにその身ぐるみを剥がしていった。


「現金に、装備やろ、服はこんな臭くて汚いの二束三文やけど、剣はいい値で熟れるかもしらへんなぁ」


 上機嫌で質屋に売りに行って、金を稼いだイサギは、腰のベルトを外して、胡蝶刀を荷物に隠して家に戻った。

 また顔が傷だらけで、手首にまで怪我をしているイサギに、夕食を待っていてくれたエドヴァルドが、玄関を開けるや否や、抱きかかえるようにしてバスルームまで運んでくれる。


「またサナさんと言い争ったんですか?」

「サナちゃん酷いんや! 三階から放り投げるんやで」


 ぬるま湯で傷口をきれいに洗って、塗り薬を塗ってくれるエドヴァルドに、うっとりとしていたイサギは彼が手首の傷について、「これ、刃物の傷じゃないですか?」と問いかけるのを聞いていなかった。


「明日こそは、エドさんを開放するんや!」


 今日稼いだ金でサナを懐柔すること。

 勘違い勇者から、『魔王』の四天王になったイサギの頭の中にはそれしかなかった。

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