バーチャルリアリティ


 VRゴーグルを購入した。VRでバーチャルリアリティ。テレビゲームと接続した状態で装着すると、まるでその世界に入り込んだみたいに臨場感を味わえるという代物だ。


 俺が最初に潜ってみたいと思ったゲームはFPSだった。FPSというのは、一人称視点でキャラクターを動かし銃撃戦を行うゲームスタイルとのこと。物騒だが、俺は人を撃ち殺す爽快感を求めていた。今母さんは友達と旅行に行っているので、誰からもやり過ぎだと咎められることも無い。思う存分楽しめそうだった。


 俺は期待を胸にゲームの電源をつけ、VRゴーグルを頭に装着した。


「うわお」


 思わず声が漏れた。想像以上のクオリティの非現実の世界が視界一面に広がっていた。辺りを見渡せば荒廃したアメリカの都心、響き渡る銃声音、本当にそこにいるかのような感覚になった。


「おい新入り、何ボーッとしてる。置いていくぞ」


 がたいの良い髭面の男が俺の肩を強く叩いた。実際は、俺が操作しているキャラクターのだ。男も現実の人間ではなく、当然ゲームのキャラクターである。男はライフルを片手に、ついてこいと合図した。どうやらこの仲間と協力して敵を銃で倒していくスタンスのようだ。


「おい気をつけろ。この先敵がいる」


 曲がり角、男が俺を手で制した。それから何か言いたそうにしてから「そういやお前、名前は?」と俺の顔を見ながら聞いた。


 しばらく黙り込んだ。俺が操るキャラクターが勝手に名前を発してくれると思ったからだ。しかし何も起きない。


「何だんまりしてんだよ。お前の口は何のために付いてんだ?」


 まさかと思い「健太です」と俺自身が言った。


「何だよ、ちゃんと喋れるじゃーか。それに、いい名前だな、健太」


 俺は内心驚いていた。VRゴーグルに搭載されたマイクが俺の声を拾い、それがゲームに反映されNPCと会話できるシステムになっているらしい。俺は素直に最新技術に感心した。


「そういや俺も自己紹介してなかったな。俺の名前はマイク・ブラウン。気軽にマイクでいい。あ、頼れるマイク先輩とかでもいいぜ?」


「ははは。じゃあマイクで」


「じゃあってお前……ったく」


 お茶目な面もあるところが、マイクというキャラクターのチャーミングポイントらしい。


「ほんじゃ健太、俺が先に突撃するからお前は後について援護してくれ、いいな?」


「わかりました」


「敬語じゃなくていい」


 そう残すと、マイクは言った通りに敵の団体に突撃していった。たちまち銃声がして、俺も大きな背の後を追う。視界の真ん中にある標準を敵に合わせ、俺はコントローラーのボタンを押し銃を連射させた。


 無事、俺とマイクで敵を全滅させた。FPSは慣れていたし、まだ最初の局面なので割とあっさりと済んだ。


「ふう、ようやく片付いたか。健太、怪我はないか」


 マイクが穏やかな笑みで聞いてきた。


「大丈夫。マイクも平気か?」


「舐めてんのか? どれだけ修羅場を乗り越えてきたと思ってんだよ。お前とは経験の量が違うんだよ経験の。でも、健太も中々腕が良いじゃないか」


「俺も結構やってきたよ。そこそこ腕にも自信あるつもり」


「へえ、言うね。なら、俺と勝負するか?」


「勝負?」


「ああ。次に敵の陣地に入った時にどちらが多く敵を倒せるか」


「いいよ全然。あ、ちょっと待って」


 俺はマイクの返事を聞かないままVRゴーグルを外した。急にトイレに行きたくなったのだ。


 用を足しながら、NPCとあんな自然に会話できるなんて一体どのような技術を取り込んでいるのだろうかと俺は考えていた。マイクにちょっと待ってなんて言ったけど、今思えば機械と変わらないNPCにそうする必要なんてないのだ。だがあれには、まるで本当の人間と話してるみたいな感じに麻痺させてしまう力があるのは確かだった。


 俺はトイレの水を流し、出るとリビングに戻った。


「おう。遅かったじゃねーか健太」


 ええ……。足の力が抜け、俺は尻餅をついてしまった。


「なんで、なんでマイクがそこに……」


 俺は指をさす。その先に、さっきまで俺が座っていたソファにマイクがそうしているのだ。服装はあのまま。ライフルも持っている。俺はテレビの画面を確かめると、そこにマイクはいなくなっていた。


「健太、お前いい家に住んでるじゃねーか。この贅沢野郎め」


 俺は立ち上がりながら「いやそんなの聞いてない。なんでゲームの世界から飛び出してるわけ? できるなら戻って欲しいんだけど」


「そんな細かいこと気にすんなよ。それより最近仕事の方はどうよ」


「いや全然細かくないよ。あとゲームのキャラクターがリアルなこと聞くなんておかしいでしょ」


「はあ? 全然おかしくねーよ。もう俺たちは同じ試練を潜り抜けた仲間だろ?」


「それはゲームの中でだ。だから早く戻ってくれよ、ゲーム出来ないじゃないか。てかもう奇妙でやりたくないわ」


 俺は混乱していた。これも最新技術の一巻なのか。だとしたら大問題だぞ。


 その時だった。玄関扉が開く音がした。やばい。母さんが帰ってきた。


「健太ただいま〜ってえ!?」


 母さんはマイクを見て目を見開かせた。当然の反応だった。


「だ、誰なのこの人?」


「母さん、これは違うんだ。なんというか」


 俺が説明に困っていると、マイクは持っていたライフルを何の躊躇も無しに母さんに向けた。


「えっ?」


 俺の思考は一瞬停止した。再び戻った時、最初に思ったのはあのライフルは本物なのだろうかということだった。


「健太。さっき言ってた勝負のこと覚えてるか?」


 俺はさりげなく台所に移動する。


「うん。どちらが多く敵を倒せるかだろ?」


 俺は包丁を手に持つ。


「いいや、どっちが多く人を殺せるか」


 マイクは怯えた母さんに顔を向ける。俺は後ろに包丁を隠しながら徐々に近づく。


「何言ってんだよ」


「俺は最初に、健太の母親を殺すことに決めたよ」


「やめろ!」


 俺が包丁を突きつけるのとマイクが引き金を引いたのは同時だった。しかし奇跡的にライフルは弾切れで、母さんは無傷。代わりにマイクの胸がみるみると赤く染っていき、その場に倒れ込んだ。


 なんだよこれ。どうなってんだ。ゲームから現実にマイクが移動したかと思えば、そのキャラは崩壊していて母さんを殺そうとした。そして俺は母さんを守るべくマイクを刺し殺したわけだが……。


 俺は血だらけになった手の平とゲームから出てきたマイクを交互に見る。


 架空の殺人、現実の殺人、俺はどちらをしたのだろう。

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J♠︎O♣︎K♦︎E♥︎R 池田蕉陽 @haruya5370

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