ひったくり


 狭い道路。そこに腰の曲がった老翁が杖を頼りにのっそりと歩いている。右手には年相応の柄の入った手提げ鞄を持っていた。


 男は近くに他の歩行者がいないことを確認すると、オートバイクのエンジン音を奏でさせハンドルを捻った。


 徐々に背後から接近していくが、老翁は振り向く素振りを見せない。耳が悪いのだろう。ようやくオートバイクの存在に気づいた時にはもう遅く、男の手には鞄、そして老翁はバランスを崩しその場に倒れ込んでいた。


「ひ、ひったくり〜」


 けたたましいエンジン音に、ひどく掠れた弱々しい声が紛れ混んだが、ヘルメットを着用している男に聞こえるはずもない。男は惜しそうに手を伸ばす老人を背にバイクで走り去って行った。



 バイクを駐車させ、男は自分のアパートの部屋に着いた。男は早速、盗んだ鞄を逆さまにして中の物を全て出した。


 財布などの金品を男は期待していた。しかし、そのような類は見つからない。中から落ちてきたのは、夥しい数の写真だった。ざっと見て百枚はある。


 男はがっかりしなから、その内一枚を拾い上げた。表に返して、それを確かめる。


「うわっ」


 反射的に投げ捨てていた。嘘だろと思いながら、地面に広がる写真を次々に確認していく。


 増すのは恐怖ばかりであった。それらの写真、全て男自身が盗撮されたものなのだ。仕事場で働く男、先程のようにバイクでひったくりをする男、そして何より男を震え上がらせたのが、リビングで自慰行為に耽る様子、風呂に浸かってるところなど不可能なはずなのに部屋にいる姿まで撮られているのだ。


 一体これは何なのだ。何故このような写真がこんなにも。そして、大量の男の写真をどうしてあの老翁が持っていたのだ。


 その時、携帯が鳴った。男はポケットからそれを取り出す。メールが一件。内容はこうだ。


『今、家に着いた』

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