監視


 とあるアパートの一室。そこに恋人同士がいて、会話を交わしていた。その映像と音声が二人の部屋の隣に住んでいる彼女のストーカーである男のパソコンに入力された。


「ねぇ、日曜日の群馬旅行どうする?」


「うんー」


「草津温泉には絶対行きたいよね」


「うんー」


「あ、伊香保温泉もいいな〜」


「うんー」


「ちょっと、真面目に聞いてよ」


 彼女が旅雑誌を机に叩きつけ怒鳴った。彼氏の方は話に耳も貸さず、ただスマートフォンに夢中になっている。


「もう、やめにしね?」


「は?」


「旅行。面倒臭いし」


「いや、意味分かんないだけど。半年も前から決めてたことじゃん」


「そもそも俺は乗り気じゃなかったんだよ」


「じゃあなんでその時に言ってくれなかったの!?」


 彼女がヒステリックになる。二人の様子を画面越しで眺める男の口元は醜く歪んでいた。


「うっせーな。俺じゃなくて他のやつと行けよ」


「私はユウ君と行きたいの!」


「男がいるだろ?」


「は、は? どういうこと?」


「とぼけんなよ。浮気してること、知ってんだぜ」


 その情報は彼女をストーキングしてる男が知らないものだった。


「浮気なんてしてないわよ」


 彼女が動揺していると、その部屋のインターホンが鳴った。彼氏が立ち上がる。


「私が出るよ」


 そう言う彼女をお構いなしに、彼氏は玄関の方に向かった。男のパソコンの画面が切り替わり、玄関ルームとなる。


 彼氏が扉を開ける。


「誰だよこの男」


 彼氏が彼女に問い詰める。彼氏の体が邪魔になって訪問者の姿は分からない。


「知らないわよ」


「知らないってアカネちゃん。それは酷いじゃないか」


 訪問者の声が聞こえてくる。


「お前、アカネとどういう関係なんだよ」


「君こそ、アカネちゃんの何なんだ」


 二人の掛け合いはパソコンからでなくとも聞こえてきた。それほど二人の声は大きく、それに壁も薄いので外の声は丸聞こえだった。


「とりあえず近所迷惑なるから、部屋で話しましょ。ね?」


 彼氏が舌打ちをして部屋の奥の戻っていく。その拍子に訪問者の顔が顕になった。


 そして、男は度肝を抜かれることになる。


 どうして。


 そこに立っているのは、間違いなく男自身だったのである。

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