私僕俺儂我余妾朕
気がついた時、私は既に長蛇の列に並んでいた。連なるドミノのようになった人達は人種様々で喧騒としている。日本語で「おい、まだかよ」と聞こえてくるのもあれば、知らない言語だったりもした。ただ、どれも不満が篭ってることだけは声の抑揚から判断ついた。
それにしても、この列は一体何なのだろう。記憶が曖昧だ。最後に覚えているのは、学校から帰宅して「ただいま」といってる自分。それなのに私は何故ここにいるのか。何を目的として私はこの列に並んでいるのか。前の人達の頭を辿った先にラーメン屋があるわけでもない。あるのは、よく分からない赤い神社のような建物だけ。
もしかしたら本当にそれは神社で、この列に並ぶ人達は参拝客なのかもしれない。だとしたら私もその一人となるわけだが、どうも腑に落ちない。私は神やスピリチュアル的な類は信じないタイプなのだ。そんな私が神社に訪れるとは非常に考え難い。
では、本当にここはどこなのか。私はそこで初めて首を長針のように回した。
すると、目を疑う光景が広がっていた。薄紅藤の景色、そこにアニメや漫画で見るような人魂がいくつも空中に漂っていたのだ。私は驚きのあまり頭が真っ白になっていたが、その束の間には全てを思い出していた。
何の変哲もない日常だと思い込んでいたある日、私は世界に絶望しながら殺されたのだ。
長い時間を経て、ようやく順番が回ってきた。赤い建造物の中へと通じるであろう黒い鉄製の扉を目の前にして、私は溢れ出そうになる涙を必死で堪えていた。堪えながら、あの世でも泣けることはできるのだろうかと呑気なことも頭の隅にあった。
私は心に侵食した闇を晴らす気持ちで、重い扉を奥に開けていく。隙間から垣間見える暗黒、そこに閻魔様がいるのだろうかと想像しながら私は体を吸い込ませた。
背後で扉が閉まる音がし、辺りは沈黙に包まれた。視界は本当に真っ暗で何一つ何かを認識することは不可能だった。閻魔様もいなければ、さっき扉を開けて中に入っていった死者たちの姿、声もしない。どこに行ったのだろう。
奇妙な空間に恐怖を覚え、戻ろうと振り向こうとした瞬間、景色が一変した。漆黒が晴れ、再びどのまで続いていそうな薄紅藤の世界、目の前に『世の会』と筆字が書かれた看板、そしてその後ろに夥しいほどの人間、動物が私を見て笑っていた。
「おめでとう!!!」
思わず耳を塞いでしまうほどの声量だった。何なのだこれは。この人達はさっき私の前に並んでいた方たちなのだろうか。そうだとしたら、何故私は歓迎されているのか、何一つ分からない。
次々と湧き起こる疑問に混乱していると、密集している中から一人の若いスーツの男が一歩前に出てきた。瞳の色からしてアメリカ人のようだ。その男はそのまま私に歩み寄ってくる。
「ようこそ。世の会へ」
男は笑顔で両手を広げた。流暢な日本語だった。そう聞こえるようにここではなってるのかもしれない。
「なんなのこれは。あなたたち一体誰なの」
「ここは一つの魂が唯一集まる場所である世の会。言うなれば自分たちの前世、来世が集結するパーティだよ。つまり君は僕でもあり、僕達でもあるのさ」
そう言って男は後ろに数多くいる人間、動物たちを手で示した。
「え、ってことはあなたは前世の私なの?」
「そういうこと。君は僕のちょうど来世。僕が死んで君が産まれた」
「ならこの人もこの人もこの人も?」
私は老若男女を指して言った。奥の方には犬、猫、カンガルーや象などもいて、さらには巨大な水槽があり、中には数え切れないほどの魚がいた。サメやエイ、名前が不明な魚までいる。挙句の果てには水槽と同じくらいの大きさの虫かごがあり、中は言わずもがなだ。
「そう。いくつ前の前世かは知らないけど、君の魂に違いはない」
「私の来世はいるの?」
「君の来世はいないよ。君が今日やってきて、最後の魂は更新されて僕ではなくなった。君の来世がやってくるのは何十年後か、それか死ぬのが早ければ何年も経たずにやってくるかもしれないね。その時、また世の会が開催される」
「私の前に並んでた人達もこの、世の会っていうのを?」
「うん」と男は頷いた。
男は説明は終わりだと言わんばかりに両手を合わせ音を鳴らした。
「では、世の会を始めようか!」
それが合図だったかのように、周りに数々のテーブルがどこからともなく現れた。そこに料理が盛り付けられた皿が置かれてある。キャビアや伊勢海老や人間の食べれそうなものもあれば、ミミズ、バッタなどの魚類や昆虫類が食しそうなものも揃われていた。
人々、動物たちは死んでるはずなのに生き生きとして料理に食いついた。その様は私が見てきた息をしている人間よりも歓喜に満ちていそうだった。
「改めて。おめでとう」
男が笑顔を絶やさず言った。
「さっきも言ってたけど、そのおめでとう、やめてちょうだい。不愉快よ」
「みんな最初はそういう……って本当だったんだね。僕もここに来た時は最初そう言われて不愉快だったよ。でも今になって分かる、死んで最高だったってね」
狂ってる、そう私は思った。死んで最高だなんてあるはずない。私はもっと生きたかった。やり残したことが山のようにあった。何故あんな風に死ななければならなかったのかも分からないし納得もできなかった。こいつら私の前世たちはきっと、人事を尽くして悔いのない人生だったに違いない。だからあんなに笑顔でいられるのだ。
それから多分何時間か経ったが、宴の騒ぎはおさまりそうになかった。いつになったら終わるのか、早く終わってくれと心から願いながら老婆の話に適当に相槌をしていた。
視界が突然夜のように暗くなったのは、老婆がどのように夫と出会ったかの話の最中だった。
「えーお待たせしました。本日のメインイベント、死因エピソードトークショーを開催致します!」
いつの間にか大きなステージが用意されていて、そこに私の一つ前の前世だという米人が司会を務めていた。
「ここで現在のランキングを確認しておきましょう」
舞台上に突然、電光掲示板が表示された。
「えっと、一位が武蔵野 頼吉の首をチョンパされて殺された話ですね」
男がそう言うと、「拙者じゃ拙者じゃ!」と手を高く挙げる侍の姿があった。
「時代も時代で、彼の濃いエピソードを超えれるものは長らく出ていません。さあ、ここで順位が入れ替わるのか。では、登場していただきましょう。朝日 真弓さんです!」
スポットライトが私に当てられた。私は困惑して立ち止まっていたが、さっきまで話していた老婆が「行きなさい」と無理矢理背中を押した。
私は重い足取りでステージに上がる。真ん中まで来ると、米人の男にマイクを渡された。
しばらく持ったまま微動だにしなかったが、もうぶちまけてやろうという気になり、私は口を開けた。
「私はごく普通の一般の家庭に産まれました。両親がいて妹がいて、特別裕福というわけではなかったけど、それは間違いなく幸せと呼べるものでした。それなのに……」
話していくうちに涙が込み上げてきた。あの世でも関係ないらしい。
「十八年、それが私が生きた年数です。私は高校三年生でした。その日、私は家に真っ直ぐ帰宅しました。ドアを開け、ただいま。返事はありませんでした。代わりに真っ赤な包丁を持ったお父さんが出てきて、それから……」
私は言い様のない吐き気が押し寄せてきた。口元を抑え、必死に我慢する。
「お父さんは……お父さんは私の耳、目、口、指、全てを切り刻んで……あんなに優しかったお父さんが……どうして……」
とうとう我慢出来なくなり、私はその場で泣き崩れた。
しかし、私の泣き声なんか皆に届かない。ギャラリーの笑い声が私を覆い潰した。
それから二十一年が経った。
「さあ、長らく大変お待たせしました。本日のメインイベント、死因エピソードトークショーを開催致します!」
なんでこんなに笑えるんだろう。
「ここで現在のランキングを確認しましょう。――おっと、私の五感惨殺エピソードが一位ですね。新たな挑戦者は、これを超えることはできるのか」
なんでこんなに面白可笑しいのだろう。
「では、ステージに上がってもらいましょう。朝日 高貴さんです!」
舞台に恐る恐る上がった若い青年のエピソードは、本来なら私を度肝を抜くものだった。朝日 高貴は私のお父さんと知らない女の間にできた男の子で、彼もまた私と全く同じ死因だった。十八歳の時に包丁でバラバラにされたのだ。何故お父さんがそうしたのか、彼なりの見解を述べていた。それは納得のできる説明だった。
しかし、そんなことはどうでもいい。面白くて仕方がない。
「はははははは」
「はははははは」
「はははははは」
「はははははは」
「はははははは」
私はこんなに幸せでいいのだろうか。
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