お迎えは謎と共に


 聞き間違いだと思った。


「なんですって?」


 そんなはずないだろう、と男は聞き返していた。


「妊娠してます」


 間違いなく、医者はそう言った。さっきと一言一句変わらない。その言葉が脳にまで響いたが、容易く飲み込むことはできなかった。唖然としているのは男だけでなく、医者も信じられないといった表情をしている。


「何かの間違いですよね」


 そうであってくれと懇望した。しかし医者は首を振った。


「私も目の当たりするのは初めてです。いや、そもそも聞いたことも無い。まさか、男が妊娠するなんて。生物学上、不可能なはずなんですが……」


 男は脱力したかのように椅子の背もたれに凭れかかった。


 最近、食欲が旺盛になったわけでもないのに妙に腹が膨らんでくるので医者に診てもらった結果、これだった。


 そして男は、この現実に既視感を覚えていた。


 男はラノベ作家なのだが、彼の作品の冒頭と今の出来事が酷似しているのだ。その内容というのが、主人公の青年が男にも関わらず妊娠していると発覚し、愕然とする彼の前に突如メイドの姿をした女が光を纏いながら現れ、腹の子は異世界の悪魔だと告げられる。そうして主人公は異世界に飛ばされ、出産した悪魔を育てるという物語になっている。


 ここで男は一つの仮説を立てていた。俄に信じられないことだが、これは自分が考えた物語が現実となってしまい、腹の子は悪魔で、男も主人公のように悪魔の父親となってしまうのではないか。不思議で奇妙極まりないが、そうとしか現状を説明できない気がした。


 ということは、と男は思う。もうすぐすれば、目の前に眩い光と共にメイドの格好をした女が登場するのではないか。物語では、主人公とそのメイドが夫婦になるという恋愛的要素も含まれている。男は最初動揺していたが、今では非現実的な展開に興奮していた。作家の性だった。


 そして、その瞬間は即刻と訪れた。医者の背後がいきなり白く明るくなった。医者も何事かと振り向く。徐々に光が薄れていき、元の明るさを取り戻した時には、そこには案の定、メイドの女が立っていた。


「時は一刻を争います。さあ、私と共に」


 現れるや否や女はそう言って、手を差し伸ばした。男はその様子を見て、訝しさを覚えた。思わず首まで傾げて「あれ?」と声を出していた。


 メイドの女が手を差し伸ばした先、そこにいる人物は男ではなく医者の方だった。


「え、え、わたくしですか?」


 医者が戸惑う。


「あなたはアザゼルの国に仕える勇者の後継人として選ばれました。拒否権はありません。さあ、私と共に」


「あ、あの、僕は……」


 男が自分を指さす。


「誰ですかあなた。関係のないものは引っ込んでください。殺しますよ」


 男は目を見開き、自分の膨らんだ腹を摩った。


 なら、この妊娠は……一体……。

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