♂♀

 ♂♀


 優秀な遺伝子を残したい。研究所の喫煙室で一人煙草を吸っていた昌美まさみは、ふとそんなことを思った。


 かといって、昌美に子供を作る相手などいなかった。昌美は生きてきて二十五年、ろくに彼氏ができたことはない。また、作ろうともしなかった。恋愛には興味なかったし、彼女に一目惚れして告白してきた男は何人もいるが、その度に試作品の薬を飲ませるのに利用した。昌美は容姿端麗だったが、性格はマッドサイエンティストなだけに彼女に近づくものは少なかった。


 それでも、昌美は自分の後を継ぐ研究者が欲しいかった。そのためには昌美より賢い頭脳を持った男が必要。どこかにいないものか。


「よお」


 研究室に戻ると、見知らぬ男が一人だけ立っていた。白衣は着ていない。外部の人間のようだ。


「あなた誰」


 昌美はあくまで冷静だった。


「見てわからないか?」


 男は、ほら見ろと言わんばかりに腕を広げる。


「ああ、なんだ、私か」


「気づいたか」


 その男は確かに男の容姿をしていたが、昌美自身に違いなかった。そう思わせる何かがあったのだ。


「どうして私がいるのかしら。しかも性別まで変わって」


「俺は三年後の未来から時空を超越してやってきたお前ってわけさ。何故このタイミングなのか、何故男に性転換してるのか、頭脳明晰のお前なら分かるだろ?」


 昌美は納得して頷いた。


「なるほど。私と未来から来た私で子供を作ろうってわけね」


「そういうことさ」


 そう言って未来から来た昌美は指を鳴らした。確かに未来の昌美なら今の昌美に遺伝子は劣らないだろう。


「我ながら天才的で狂気的なことを思いつくのね」


「自分と自分の子だなんて、想像しただけで研究者の血が騒ぐだろ? まさに時空の子が誕生する。そのためだけにタイムマシンを開発し、医者を脅して性別を変えてもらったからな。どうせなら中身も意識して男になりきろうってことで楽しんでるところさ」


 さすが私だなと昌美は思った。


「でも、難しいでしょ」


「子供のことか?」


「そう」


「確かに自分と自分で子供を作るってのは近親相姦以上に血が濃くなって流産の危険性が出てくる。仮に産まれたとしても障害を患ってる可能性は高いだろうな」


「どうするの」


「そこでこれさ」


 未来の昌美は懐から錠剤のようなものを取り出した。


「それは?」


「俺が開発した薬さ。お前がこれを飲めばさっきの問題点を全て解決できる。さらに妊娠確率もどっと上がる効果がある」


「都合のいい薬ね」


「全くだ」


 昌美はその薬を受け取り、飲み込んだ。


 二人は研究所の仮眠室に移動し、裸になった。未来からきた昌美は当然男性の生殖器が備わっていた。それが昌美自身のものでもあるのだから、その光景は奇妙極まりない。


 それに、まさか初体験の相手が自分自身だなんてのも想像しなかったことだ。もう一人の昌美も初めてなのだろうか。それとも、三年の間に経験済みだろうか。その場合、性別はどっちなのだろう。何となく聞きたくなかった。お互い何も口を開かないまま、事は始まる。


 未来の昌美との性行為は表現し難いほどの不思議なものだった。これが快感なのかも昌美にはよく分からない。なんせ経験がないのだ。ただ、男の方の昌美の生殖器は固くなっていたようだった。


 長い沈黙の間、昌美は今までに芽生えたことのない感情が膨らんでいた。それは決して明るいものではなかった。この先、自分と自分の子供が生まれ、その子は何を思って生きていくのだろう。また、昌美自身もどんな顔で生きていけばいいのか。そう考えると、昌美は深い闇の中に閉ざされた気分になってしまうのだ。


「ああ、やばい。そろそろ出るかも」


 男になってしまった昌美の方は、ただただ気持ちよさそうで、不安など微塵もなさそうだった。


 これが男と女の違いなのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る