過去を捨てたくて


 休日の午後。妻と娘は外出し、正晴まさはるは家でのんびりとテレビを見ていた。


 玄関扉が開く音がして、どちらかが帰ってきたのだなと正晴は思った。


「おかえり……ってうおっ!」


 正晴は振り返ると同時に、驚きのあまり後ろに飛び跳ねていた。そこに立っていたのが妻や娘でなく、知らない男だったからだ。いや、それは間違い。そこにいるはずもない男がいるといった表現の方が正しいだろう。


「ど、どうして俺がここに」


 そう、今よりは若干老けてはいるも、間違いなくその男は正晴自身だったのだ。


「俺は、俺を、俺から守りにきたんだ」


「意味がわからない」


「お前は今日、未来から来た俺に殺される。俺はそれを阻止しに、それより少し前の未来からやってきた」


 頭がこんがらがってきた。


「ほら、きたぞ」


 扉が開き、中に入ってくる。三人目の正晴だ。

「時空を超えて俺を殺しにきたぞ……ってなんで俺が二人いるんだ」


 その正晴はSF映画に出てくるようなレーザーソードを手にし、目を丸くしていた。予想外だったようだ。


「誤算だったな。俺がいる限り、俺を殺させる真似はさせない」


 最初に来た正晴がナイフを出しながら言った。


「そんなもので、俺を倒せると思っているのか」


 三人目の正晴がレーザーソードを構える。


 その二人の状況を傍から見ている正晴には何が何だかさっぱりだった。夢ではと疑い頬を抓ってみるが、変わらず目前で二人の正晴が睨み合っている。


 その時、また扉が開いた。


「時空を超えて、参上!」


 アイドルの格好をした若い女だった。


「「あ、あかり!?」」


 未来から来た二人の正晴が声を揃えて驚いた。その名を聞いた正晴も耳を疑った。今はまだ幼い娘の名だったからだ。


「お父さんたち、争い事はやめなさい!」


 そして、また扉が開く。


「あかりちゃ〜ん。時空を超えても僕はあかりちゃんのファンだよ〜」


 また、扉が開く。


「こらタケシ。アイドルばっか追いかけてないで、ちゃんと仕事しなさい!」


 また、開く。


「ちょっと姉さん。はやくお金返してよ」


 開く。


「ナオミさん。どうか今の主人と別れて、僕と結婚してください」


「宇宙警察だ。お前を結婚詐欺の疑いで逮捕する」


「ワンワンッ!」


「こらポチ。勝手にどっか行かないの!」


 次々に未来からの訪問者が入ってきて、とうとう正晴の家の中は人で埋まってしまった。


「もう勘弁してくれ」


 正晴が頭を抱えた時だった。喧騒の中、甲高い女の悲鳴が部屋に響き渡り、あたりは一瞬で静寂に包まれた。


 正晴は何事かと人をかき分け、悲鳴のあったキッチンの方へと辿り着く。そこではスペースができていて、野次馬がそこを取り囲んでいる。その中には未来から来た娘もいた。娘は怯えた表情で真ん中を指さしている。そこには腹部に包丁が刺さった血だらけの子。外出していた娘だった。いつの間にか帰ってきていて紛れんでいたのだ。


「お、お父さん……」


 成長した娘が正晴と幼い自分の死体を交互に見る。


「あかり……そんな、嘘だろ……」


 正晴は娘の死体を抱えた。顔を上げると、未来の娘が青ざめた面持ちでいる。彼女の体は透けていた。


「頼む。消えないでくれ!」


 正晴は娘の体に触れようとした。しかし、その前に娘は跡形もなく消滅してしまった。


 正晴はその場に泣き崩れた。


 誰が殺した、必ず復讐してやる、そう心に誓い、正晴は未来の訪問者たちの顔を窺っていった。


 この中の誰かが殺したのだ。

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