49.葵の想い②

「関係ありますよ」

「うるせぇんだよ、あんた」

「だって、秋花は……」


 俺がそこまで言ったところで、米倉さんが「だからうるせぇっての!」と怒声を上げた。


「秋花秋花うるせぇんだよ! 俺だって……!」


 そこまで言ったところで、米倉さんはグッと言葉を飲み込んだ。


「米倉さん……」

「そんなに大事なら、お前が何とかすればいいじゃねぇかよ!」


 ドスの効いた声に、鋭い形相、それに殺気。

 俺はそれを怖いとは思わなかった。


 それどころか、漸く素直な気持ちを、感情をさらけ出してくれたなとすら思った。

 嘘偽りない、自分を。


「貴方が一番関係あるんですよ」

「んなこと……!」

「だって、秋花は……」


 秋花は……!


「秋花は、貴方に嫌われたと思って泣くんですよ! 泣いて、苦しんで、自己嫌悪に陥って、死のうとしてしまうくらいに!」

「……っ!」

「好きな人を苦しめて、楽しいんですか!?」


 米倉さんはバツが悪そうに、顔を背けた。

 俺は深く息を吸って少しヒートアップしてしまった気持ちを落ち着けてから、言った。


「秋花は今まで、かなり辛い思いをしてきました。だからこそ、俺は誰よりも、秋花の幸せになって欲しいんです。例え、その時に隣にいる相手ひとが俺じゃなかったとしても……」


 俺は、そこまで言ったところで言葉を止めた。

 米倉さんは、もう何も言わなかった。視線を下に向けているから何を考えているのかも分からない。

 だけど、白くなるほど強く握りしめられた拳から、秋花への想いは伝わってきた。


 俺はひとつ息をついてから続けた。


「……明日、秋花の仕事が終わったら、駅の近くにある大型ショッピングモールでデートをしようと思っています。もし、俺に秋花を取られるのが嫌だったら、来てください。もし、来なかったら……その時は、俺が責任を持って、秋花を幸せにします」


 その言葉に、米倉さんが俺を見た。

 先程まで鋭かったその目には、戸惑いの色が浮かんでいた。


「……あんたは、」

「待ってますから」


 米倉さんが何かを言いかけたけれど、それを遮るように言って、俺は米倉さんに背を向けた。


 米倉さんは明日、きっと来る。


 根拠はないけれど、何故かそう思った。

 そしてその結果がどうなったとしても、俺はきっと後悔しない。


 俺は車に乗り込み、エンジンをかけて発進させた。


 暫く走ったところで、見覚えのある人物が少し離れた場所にある横断歩道を渡っているのが見えた。


 ──あ、秋花だ。


 残念ながら、俺の方の信号は赤だったし声をかけるには少し遠かったので声を掛けられなかった。


 でも、秋花が仕事用の服を着ているのは、分かった。


 ──て、え? 今日、まさか仕事?


 ……今から?


 そういえば、秋花は「基本的に」昼の仕事をしていると言っただけで、夜は一切出ていないとは言っていなかった。


 ──……あっぶねー!!


 秋花に米倉さんと俺が会っているのがバレたら、俺の計画が台無しになるところだった。

 まさにニアミスだ。


 ──秋花の仕事が終わるくらいの時間を見計らって連絡しよう。



 後ろの車にクラクションを鳴らされ、思考から戻った俺は再び車を走らせた。

 

 


 

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