48.葵の想い
時は少し遡る。
俺──こと新谷葵が秋花とショッピングモールデートをする一日前、俺は秋花の職場である「あったか屋」に来ていた。
看板を見上げ、「安直な名前だなぁ」と思いながら目当ての人が裏口から出てくるのをひたすら待つ。
幼馴染みであり、大切な人である秋花がこの日休みであることは、事前のメッセージで知っていた。
だから、今回待っているのは秋花ではない。
やがてドアが開き、中から目当ての人物が出てきた。
それに俺は急いで車を降りる。
「あの、米倉さんですよね?」
そう声を掛けるとこの店の店長であるその人──米倉紅夜は、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
その目にははっきりとした警戒心が現れている。まぁ、初対面の人に待ち伏せされた上に声を掛けられたら普通はそうなるし、仕方ないか。
「……そうだけど」
すらりとした長身の体に適度に付いた筋肉。首の付け根まで伸びた綺麗な黒髪の間からちらりと覗く耳にはピアスホールがいくつも空いている。
そんな、普通の人がやったらちょっとイタイ人だと思われそうな格好も違和感なく自分のものにしてしまうような、世に言う"イケメン"の警戒心剥き出しの眼差しには中々の迫力があった。
ちょっとした人ならこれだけでビビってしまいそうだ。
でも、俺はそれに臆する訳にはいかない。
自分よりも若干上の方にある目を真っ直ぐと見返しながら、俺は口を開いた。
「俺、城田秋花の幼馴染みの新谷葵って言います」
「あぁ。この前、車に乗ってた奴だろ」
……それにしたって。
表情もそうだけど、言葉の端々に鋭い棘がある。
初対面の奴とはいえ、秋花との関係と自分の名前を言ったのにも関わらず、ここまで敵対心を露にするなんて。
しかも、この間俺が車で秋花を待っていたのを覚えていたのなら、俺が名乗る前から秋花の関係者だと言うことは分かったはずなのだ。
その上でのこの対応は、余程のコミュ症か、或いは……。
──秋花の話の感じだと、この人がコミュ症だとは思えないんだよな。
やっぱり、俺の予想は当たっていると思ってもよさそうだ。
なら、俺がすることはただ一つ。
「ちょっと、話があるんですけどいいですか」
「……何?」
米倉さんの表情に険しさが増す。
本当はこんなピリピリとした状況で話したくなかったのだけれど、ここまで張りつめた空気を緩和させるのは難しい。
それに、俺の予想が本当に当たっていたのだとしたら、この反応は致し方ないのかもしれない。
俺は警戒を解いて貰う事は早々に諦めて、話を始めた。
「俺、秋花の事が好きなんです」
単刀直入にそう切り出すと、米倉さんは「は?」と更に眉間にシワを寄せた。
「幼馴染みとか、友達とかそういう意味ではなく、女性として、秋花の事が好きなんです」
「……あ、そう」
米倉さんはズボンのポケットからタバコを取り出しながら、
「……で、それ、俺に何か関係あんの?」
と言った。
やっと、ちゃんと会話をする気になってくれたようだ。
「関係、ありますよね?」
「……どういうこと?」
「だって米倉さん、俺と同じですよね?」
「は? 俺とお前の、どこが……」
タバコに火を付け、煙を吐き出すその手はイライラを体現するように、微かに揺れていた。
──何だ。意外と分かりやすいんじゃん。
俺は米倉さんに向かってニコッと笑った。
「米倉さんも好きなんでしょう? 秋花の事」
一瞬、時の流れが止まったような気がした。
米倉さんが静かに俺の顔を見て、すぐにタバコの方に視線を戻した。
「……そんなんじゃねぇよ」
相変わらず、眉間にシワを寄せたまま米倉さんは答えた。
けれど、さっきまでとは違って、機嫌が悪くて寄せているのではなく、苦しいのを堪える為に寄せているように見えた。
それで、全ての事に合点がいったような気がした。
──似ている。
この人と、秋花は似ているんだ。
心のガードは固いのに分かりやすくて、強がりで何があっても平気なフリをしているけれど、本当は弱くて、何よりも傷付くのを恐れて、自分に嘘を吐く。
そして、時々限界を迎えて、独りで苦しむ。
多分それに秋花も米倉さんも気付いていないだろうけど、でもそういう同じ弱さを抱えている者同士、自然に惹かれあったのかもしれない。
それに比べて、俺は。
「……嘘なんか吐く必要、ないですよ。俺にはもう、分かっていますから」
俺は心に浮かび上がってきた邪念を振り払うように言った。
今は余計な事を考えている場合じゃない。
俺にはもっと、考えるべき事があるのだから。
「……嘘なんか、」
「吐いてますよね?」
「吐いてねぇ」
「……まぁいいです」
本当は認めさせたかったけれど、このままでは押し問答が続くだけになってしまうのは目に見えて分かったので、俺は聞くのをやめた。
「とにかく、秋花に辛く当たるのはやめてください」
「……それは関係ねぇだろ」
米倉さんはそう言うと、タバコを地面に落として靴で踏み消した。
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