44.答え③

 ──忙しかった。


 いつもは最低三人でやっている仕事を、如月さんと二人でやったのでとてつもなく忙しかった。

 カウンターで注文を受け、厨房に入って料理を作っての繰り返しをしているうちにあっという間に十五時になり、いつもの夜勤メンバーがやって来た。


「おはようございます。店長、休みだったんですか。大変でしたね」


 堀田さんがそう言いながら私と洗い物係を代わってくれる。


「ありがとうございます」と言って、あとの二人を見ると、スッカリ元気になった西村くんが、北川くんに絡みまくっていた。

 仲いいなぁ、あの二人。


 私はその様子を見ながらサラダの盛り付けをし、西村くんが北川くんから離れた隙を狙って北川くんに「ねえ」と声を掛けた。

 昨日のお金を払うためだ。


「昨日、お会計してくれてったでしょ? いくらだった? 」


 しかし、北川くんは怪訝そうな顔を浮かべ、

「……何の話スか」と言った。


 ──……あれ?


 おかしいな、と思いつつ私は再び訊いた。


「昨日、いくらだった?」

「昨日……何かありましたっけ?」

「え?」

「城田さんとファミレスに行った覚えなんてないんスけど。てか、仕事の邪魔になるので、話しかけんで下さい」


 北川くんは一方的にそう言うと、側にあった私が盛り付けたばかりの単品用のサラダを持ってカウンターの方に歩いていってしまった。


 ──え、何で? 昨日、ご飯に行ったよね?


 訳が分からなくて、私は容器を補充しながらどういうことなのか考えた。


 ──まさか、夢だったとか? いやでも、アオからのメッセージは確かに来てるし……それに、ミートパスタの味もしっかりと覚えてるし……。


 そこまで思ったところで、私はふと違和感を覚えた。


 そういえば……私、ファミレスに行ったって、北川くんに一言も言ってなかったよな?

 それなのに、北川くんはわざわざ「ご飯」ではなく、「ファミレス」に行った覚えなんてないと言った。


 ということは、やっぱり昨日のはきっと、夢じゃない。


 ──……もしかして、北川くん……気を使ってくれたとか?


 昨日、北川くんとご飯に行ったことが如月さんに知られたりしたら、確実に私は如月さんに質問攻めにされる。

 何を話したのとか、下手したら店長から乗り換えたのかとか。

 そうすると、わかりやすい(らしい)私はすぐに悩んでることがバレてしまうだろう。


 私は補充用の割り箸を手に取り、カウンターに向かった。

 そして、サラダをショーケースに並べている北川くんに小さく「ありがとう」と言った。


「……だから、何のことだよ」


 どうやら、正解だったようだ。

 真意がバレてしまったことに照れているのか、プイとそっぽを向いてしまった北川くんの頬はほんのり赤く染まっていた。



✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼



 そんなこんなで仕事が終わり、家に帰って着替えたところでスマホがピロン♪と鳴った。

 その音に反応して時計を見ると、約束の時間ぴったり。

「着いたよ」というメッセージに既読だけ付けて、私は家を出た。


 きちんと鍵を掛けたことを確認して階段を降りていくと、いつものようにいつもの場所に停まっているアオの車があった。

 駆け足で寄っていくと、これまたいつものようにアオが微笑む。


「おう」

「こんにちは」


 車に乗り込むと、フワリと花のいい香りがした。


「やっぱりアオの車、いい香りがするね。花が一緒に乗ってるみたい」


 私が何気なくそういうと、

「バレたか。まぁ、どっちにしても出掛ける前に渡すつもりだったけど」

とアオが言った。


「え、まさか本当に乗ってるの?」

「そう。ご同乗されてるの」


 アオはふざけたようにそう言いながら後部座席から大きな花束を取り出した。


「ハッピーバースデー、秋花」


 しかし、その言葉に私は固まった。


 ──あれ……今日って、10月20日……あっ!


「……今日まさか、私の誕生日!?」

「忘れてたの?」

「うん。すっかり」


 そう言うと、アオが「普通忘れる!?」と声をあげて笑った。


「だって、最近何だか忙しかったんだもん」

「それにしたって、俺でも忘れないよ……はははっ」

「もう、笑わないでよ!」


 私が怒ったフリをすると、アオは目尻に溜まった涙を拭いながら「ごめんごめん」と言った。


 そして「改めて、誕生日おめでとう」と花束を差し出してきてくれる。


「ありがとうー」

「これ、全部秋花の誕生花。俺からの誕生日プレゼントだよ」


 これがリンドウ、ブッドレア、エキザカムだよと、アオが教えてくれる。

 全体的に青と紫色の花でできた花束は、凄く儚くて、でも強くて、とても綺麗だった。


「これ全部、愛にまつわる花言葉なんだよ」

「リンドウは、アオに貰った日に調べた。悲しむ貴方を愛するって……」

「ふーん。じゃ、俺の愛、受け取ってくれる?」


 そう笑いながら私に向かって花束を差し出すアオに、私は「バカっ!」と笑った。


「じゃあ、取り敢えず置いておいで。花瓶、ある?」

「花瓶かぁ……ないかも」

「そうだと思って」


 アオは再び後部座席の方を向いたかと思うと、今度は花瓶を取り出した。


「わ、綺麗!」


 それは、硝子に花の細工がされている、硝子細工の花瓶だった。


「まぁ、これも誕生日プレゼントって事で」

「アオ、ありがとう!」

「ん。じゃあ、置いておいで」

「うん!」


 私はアオの言葉通りに、花を置きに一旦家に戻った。

 美しい寒色系の花に、儚げな硝子細工の花瓶はこれ以上ないほど似合っていて、とても美しかった。


「花瓶に入れたら、花が何倍も綺麗に見えた!」


 車に戻るなり私がそういうと、アオがクスクスと笑った。


「喜んで貰えたみたいでよかった」

「ありがとう、アオ」

「どういたしまして。……ところで今日は、秋花とショッピングモールデートをしたいと思ってますが、よろしいでしょうか?」


 アオがやけに畏まった口調で訊ねてくる。

 それに笑いながら私も「よろしいですよ」と答えた。

 アオが私がシートベルトをしたことを確認してから車を発進させる。

 いつもの光景。いつものやり取り。


 だけどついこの間まで夏の曲を流していたカーオーディオはもう冬の音楽を流し始めていた。


 このラジオ、季節感というか、秋というものを知らないのだろうかと思いながらも、何だかんだでもうすぐ冬が来るんだなと思うと、なんだか少しだけ、切なくなった。


 変わらないものと変わりゆくものがあるということを、そして、圧倒的に変わりゆくものの方が多いということを思い知らされる。


 季節も、ラジオで流れる流行りの音楽も、軽快に話すDJもどんどん変わっていく。

 そして、夏が来れば春の暖かさを、秋が来れば耐えがたいほどの夏の暑さを、冬が来れば涼しいと感じた秋の風を、春になれば凍えるような冬の寒さを忘れていく。

 どんな音楽が流行っていたのかも忘れるし、どんなDJがいたのかも忘れてしまう。



 私の心だってそうだ。


 昔はあれ程アオの事が好きだったのに、新しく好きな人ができたことによって、アオへの想いが消えてしまっていることを感じる。


 それが私を少しだけ、いや、とてつもなく、悲しい気持ちにさせた。


 ──全てが、変わらないものだったら良かったのに。


 変化がない人生は面白くないということもわかっている。


 でももしも、何も変わらない人生だったら、私とアオはお互いに苦しむこともなく、幸せになれたはずなのに。


 そう思っても無駄なのは分かっているけれど、そう思わずにはいられなかった。

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