43.答え②

「わっ!」


 驚いて米を溢してしまいそうになるのを、私は何とか堪えた。

 危ない。また如月さんに迷惑を掛けてしまう所だった。


「ちょ、しろちゃん、大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です。ちょっと、考え事をしていたので、驚いちゃっただけです。すみません」


 それに、如月さんは「ははーん」と漫画みたいなリアクションを言いながらニヤリと笑った。


「米倉さんの事だな?」

「……」

「図星だー」


 嬉しそうに笑う如月さんは、「そっかそっか、そうだよねー」と軽くスキップしながらシンクの所まで行き、水道の蛇口をキュッと捻った。


「わ、冷たい! もう冬だねー」


 そう言う如月さんは、キラキラと輝いていて。

 私もこんな風に笑える人だったら、店長も好きになってくれるのかな、なんて思った。


「ま、米倉さんもいい加減だからね。大方、今日が仕事って事を忘れてたか、めっちゃ寝坊してるかのどっちかじゃない?」

「そう、ですよね……」

「……何かまだ、引っ掛かってる事でもあるの?」

「……今日、夢を見たんです」


 私は、今日見た夢の事をかいつまんで如月さんに話した。


「だから、店長が今日来ないのは、そういうことなのかなって思ってしまって……」


 そして話終えて如月さんの方を見ると、如月さんは口を手で抑えて体を震わせ、何かを堪えていた。


 ──え、まさか、気持ち悪いとか!?


「き、如月さん!? どうしたんですか!? 体調でも悪いんですか!?」


 私は慌てて如月さんの側に駆け寄り、声を掛けた。

 すると如月さんはより体を震わせた。


 ──これって、まさか……!!?


「つわりですか!?」

「っぶはっはっはっはっは!!」


 しかし、そんな私の心配を他所に、如月さんは大きな声で笑い出した。


「そんな、わけ……ないでしょ……っ、うははははっ! あー、面白い」


 綺麗な指先で目尻に溜まった涙を拭いながら、如月さんは私の方を見た。


「え、じゃあ、体調が悪いわけじゃ……?」

「ちっがうわよ。笑いを堪えるのに必死だっただけ。だって、しろちゃん、ありえないこと言うんだもん」

「わ、笑……っ、ありえないことって!?」

「だ、だってさ」


 如月さんは私の肩をガシィッと掴み、笑ったまま言った。


「あの米倉さんが結婚って! そんなのありえないわよ!!」

「え、でも……そんなの、分かんないじゃないですか」

「確かに、私も米倉さんの恋愛事情とか知らない。でも、これだけは分かる」

「な、何で……」

「しろちゃん以外にあの人の相手が務まる人なんていないわよ。無理無理」


 そう言って、如月さんは蝿を払うように手を振った。


「わ、私以外に……って」

「だって、しろちゃん、米倉さんにあんな態度を取られたのに、夢を見ただけで米倉さんが結婚したんじゃないかって不安になるんでしょ? そんな風にあの人の事を想える人なんて、しろちゃん以外にいないって」

「そ、そんなこと……っ!」

「そんなこと、あるの。咲ちゃんもそう言ってるんだから、間違いないわ」

「三谷さんまで!?」

「そうよ。『アキちゃんは普通に見えてかなり変わり者だ』……ってね」


 そう言いながら如月さんが色気たっぷりのウインクをしたところで、近くにあった子機が鳴った。

 それを華麗に如月さんが取る。


「はい、お電話ありがとうございます。あったか屋でございます」


 それを横目に見つつ、そういえば店長の名前にお米が入ってるなーなんて思いながら研ぎ終わったお米を炊飯器にセットした。

 元からお米は好きだけれど、もっと好きになれたような気がした。


「しろちゃん」


 いつの間にか電話を終えた如月さんが私を呼んだ。


「はい」

「米倉さん、休みだって。体調不良で」

「えっ!!?」


 店長が体調を崩して休むなんて、初めての事だった。

 驚きと心配で胸を打つ鼓動が少しだけ速くなる。


「声は普通だったし、ただの風邪っぽいって言ってたから大丈夫だと思うけどね」


 そんな私の心中を察したのか、如月さんが優しく声を掛けてくれる。

 如月さんは、本当に優しい。

 

「ま、まぁ、店長も人間だったってことですよねっ!」


 私も如月さんに心配をかけない為に、そして気を紛らす為に、出来るだけ明るくそう言った。


「逆に今までは何だと思ってたの?」

「不老不死の妖怪?」

「いや、それだとしろちゃん、妖怪好きだって事になっちゃうよ!?」

「だって店長、年取らなさそうじゃないですか」

「確かに米倉じいさんは想像つかないけども」


 そんな冗談を言いながらも、二人で準備を進めていく。

 この胸を締め付ける言い知れぬ不安感は、きっと気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせて、私は仕事に戻った。


 

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