41.分からないの。⑥

「よし。んじゃ、俺、明日も大学あるし、先に帰るわ」


 そう言って立ち上がる北川くんに、私は思いきって「ねぇ」と声を掛けた。


「ん?」

「……そういう北川くんは、恋とかしたことあるの?」


 一瞬、北川くんの動きが止まった。


 だけど直ぐに

「……ああ。あるよ。とびっきりのを、な」

と笑った。


 その笑顔は何処か寂しそうで、何だか切なくて、私は何も言うことが出来なかった。


「あ、そういえばずっと光ってるぜ、スマホ」


 北川くんが机の上のスマホを指差す。いつの間に鳴ったのか、確かにスマホは着信を知らせていた。


「それじゃあな」

「うん、またね」


 北川くんが席を離れるのを見送ってから、私はスマホを手にとって中身を確認した。

 メッセージアプリのところに「1」という数字がついていて、アプリを開くと、アオからのメッセージが入っていた。


 >明日、会える?


 今日の夕方に届いていたメッセージに、私はどう返すか少し悩んだ。

 アオに会いたいような、会いたくないような微妙な気持ちの狭間で揺れる。


 結局、断る理由も特にないので「会えるよ」と送った。

 すぐに既読がついて、「やったー!」と嬉しそうに猫が踊るスタンプと、

 >じゃあ、明日。いつもくらいの時間でいい?

 というメッセージが送られてきた。


 >うん、いいよ。

 >それじゃ、また明日。


 犬が小屋に入っていくスタンプが送られてきたところで、私はスマホをポケットにしまった。


 そして、帰ろうと伝票を取ろうとした。


 しかし。


「あれ?」


 どこからどう見ても伝票がない。


 ──あれ、さっき私、ここに戻したよな?


 落としたかと思って机の下を覗きこんでみてもないので、仕方なく近くにいた店員さんに「すみません」と声を掛けた。


「伝票がないんですけど」


 そういうと、店員さんは「あ、それなら」と笑みを浮かべた。


「お連れ様がお支払されて行かれましたよ」

「え、連れ?」

「はい、あの金髪のお兄さん、お連れ様ですよね?」


 金髪のお兄さん……ということは、やはり吊れというのは北川くんの事のようだ。


 そうだとしたら……。


「え、何で……?」


 奢ってって言ってたのに、何故北川くんは支払いをして帰ったのだろう。


 ──まさか、元から奢られるつもりはなかったとか? でもそれじゃあ、何で私なんかとご飯を?


 訳がわからず、頭の中には疑問だけが浮かぶ。

 だって今回、私と食事に来たことで北川くんのメリットというメリットはは何もなかったはずだ。


 ──……と、取り敢えず、今度会ったらお礼を言おう……。


 その時に、自分の分だけでも払えばいい。


 様々な疑問を残したまま、私はファミレスを後にした。



✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼



 家に帰り、シャワーを浴びた私は早速、読みかけになっていた「花咲く君へ」を手に取った。

 確か、主人公の男性がヒロインの花に振り回されるところまで読んだはずだ。


 ベッドの上にゴロンと寝転がり、栞を挿しておいたページを開き、私は物語の世界に飛び込んだ。



✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼


 花と出会って数ヵ月経ったある日、花が風邪を引いて仕事を休むことになった。


 ずっと振り回されていた彼は「これで振り回されずに済む」と思ったが、しかし心は晴れる所か重くなってしまう。


 言い知れぬ心の重みの原因を彼は花の風邪が移ったからだと思い、復活した花に「お詫びに飯奢って」と花を連れ出す。

 その出掛けた先で、花の男友逹に遭遇してしまう。


 「奇遇だね」と仲良さげに挨拶を二人を見ているうちに心の重みが増していくのを感じた彼は「調子が悪くなった」と言ってその場を立ち去る。


 家に帰っても心は晴れず、その重みに耐えきれなくなった彼は学生時代からの親友に電話を掛ける。


「心がモヤモヤして気持ち悪い」と今までの出来事を話す彼に、彼の友人は「それは、病気かもね」と言った。


「病院に行った方がいいのか?」


 不安になった彼は友人にそう訊ねるが、彼の友人は「そんな必要はないよ」と首を振り、そして


「ユウが恋の病なんて、そんなことあるんだね」


と笑って言った。


 ──まさか、俺が、恋?


 しかも、花に?


 恋をすることも諦めていた彼──ユウは、自分の本心が分からずに葛藤をする。


 しかし、花を見ると激しく動く心臓と、思わず花を追いかけてしまう目。そして異性と話す花を見るたびに痛む心が、その答えを明確に示していた。


 ──花の事が好きなんだ。


 長い月日をかけ、悩み抜いた末にそう自覚したユウは花にアタックをする。


 しかし鈍感な花は気付かない。

 そうこうしているうちに、花は知り合いの店に就職するために店を辞めるとユウに告げる。


 どうしたものかと思い悩むユウ。


 告白するべきか、しないべきか。


 もし告白して拒絶されたらどうしたらいい? きっとそんなの、立ち直れない。

 でも気持ちを伝えなければもう会えなくなってしまうかもしれない。


 後悔するくらいならと、ユウは「送別」と称して花を食事に誘う。


 そして、そこでユウは花に自分の想いの丈を告げる──……。


✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼*✼


 

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