39.分からないの。④
「そ、それよか店長の事だけどよ……」
北川くんは照れ隠しをする為なのか、話題を変えてきた。しかしそれは私にとっては今、一番触れられたくない話題だった。
「……それは別に良くない? 私が店長を好きだろうが嫌いだろうが、どっちでもいいでしょ」
「良くねぇよ」
「何で? 北川くんには関係ない話でしょ」
「関係なくねぇよ。だって……」
「失礼します」
またタイミング悪く店員さんがやって来て、北川くんの前にステーキセットとフライドポテトと唐揚げを置いていく。
この店員さん、さっきから本当にタイミングが悪い。
なんて言おうとしたのか気になるので「だって?」と先を足してみたけれど、
「ちょいたんま。これ食い終わってから」
肝心の北川くんはもう目の前のステーキセットに夢中になってしまっている。この話を始めたのは自分なのに、まったく、勝手なものだ。
「あ、北川くん! 付け合わせの野菜残しちゃダメだよ!」
「べ、別にいーだろ!」
「良くないの。ちゃんと食べなさい」
「そもそもこんな不味いもん、人の食うもんじゃねぇよ」
「食べたらもっとカッコよくなれるよ」
それを聞いた北川くんは迷わず野菜を口に捩じ込んだ。
「いや、どんだけカッコよくなりたいの」
「煩い」
私はやはり勘違いをしていたらしい。
ずっと北川くんの事を「寡黙だけど生意気なヤンキー」だと思っていたけれど、さっきから言う事もやる事もただの子供だ。段々、弟を見ているような気分になってきた。兄弟いないけど。
「何だよ」
「いーえ。何でも」
あと、北川くんは食べるのが滅茶苦茶早い。
私がミートパスタを食べ終える頃には最後の唐揚げを口に放り入れ、店員さんに頼んでいたショートケーキと、ついでにチーズケーキと珈琲を頼んでいた。胃袋ブラックホールか。
「それで、あんたは何を悩んでるんだ?」
珈琲とショートケーキとチーズケーキがやって来たところで、北川くんが訳のわからない質問をしてきた。
「何のこと?」
「あんたは店長のことが好きだろ? でも、最近何か悩んでる」
「な、何を……」
「店長の機嫌が悪いからか? それとも、他に原因があるのか?」
北川くんは、人の中に土足で入り込んでくる。
アオのような自然な入りかたではなく、ズカズカと、容赦なく。
「……北川くんには、関係ないでしょ。ほっといてよ」
「俺もそうしたいんだけどよ……そうもいかねぇんだよ」
「何でよ?」
「それは……」
北川くんはゆっくりと唇を舐めてから言った。
「だって、あんた失敗しまくるだろ?」
「へ?」
「何に悩んでるのか知らねぇけど、それに気を取られて失敗されんの、迷惑なんだよ」
「なっ……」
痛い所を突かれ、私は何も言えなくなってしまった。だって、事実だもの。
「これからそんなミスされてさ、それを尻拭いされられんのも面倒だし、嫌なんだよ」
「……」
「だから、何か悩んでるならさっさと吐き出せ。その方が俺も二度手間にならなくて済むから助かるんだよ」
今まで寡黙だったのが信じられないくらい、北川くんはスラスラとそんなことを言ってのける。
それに、私はどうするべきか判断が出来なかった。
確かに今のままでは如月さんや三谷さんのみならず、夜勤の北川くん達に迷惑をかけてしまうのは目に見えている。何ならもしかしたらもう、今までも迷惑をかけてしまっていたのかもしれない。
そう思うと私の悩みは無くしてしまった方がいいに決まってる。でも、そうするとアオの事も、全部話さなくてはいけなくなる。それをしたくないから今まで如月さん達にも何も言わずにいたのだ。
今さら、この悩みを打ち明けたって解決するとも思えないし……。
でも、人に話すことで、スッキリくらいは出来るのかもしれない。
「俺さ、人と関わるのって苦手なんだよな」
私がウダウダと思考を重ねていると、突然、北川くんがそんなことを言った。
「……え?」
「喋んのって気ぃ遣うし、噂話なんて特に嫌いだ。人から聞いた話からありもしねぇ予測をして、何が面白いんだ? あれは」
北川くんはそう言うと、チーズケーキの最後の一口を口に頬張った。そして、ショートケーキを目の前に置き、苺をケーキの上から退かした。どうやら、苺は最後派のようだ。
その様子を眺めながら、私はゆっくりと口を開いた。
「……北川くんの言う通り、私は店長の事が好きだよ」
「……だろうな」
「でも、私の幼馴染みが、私の事好きだって言ってくれて……」
「それで、悩んでんのか?」
「うん」
私は事のあらさましを、かいつまんで北川くんに話した。
きっと、北川くんは他の誰にも、この話をしない。北川くんもそう言いたくて、私に色々言ってきたのだろうと、そう思ったから。
「私、店長のことが好きなのかどうなのかまで分からなくなっちゃって……もう、どうしたらいいのか分からないの」
「ふーん……」
私の話を聞き終えた北川くんは、手付かずだったショートケーキにフォークを入れた。
そして、それを私の方に「ん」と差し出す。
「な、何……?」
「取り敢えずこれ食えよ」
「え?」
「これ一口やっから、もう泣くな」
そう言われて初めて、私は自分が泣いてることに気がついた。
「あ、ご、ごめ……っ」
慌てて涙を拭うけれど、溢れる涙は止まらない。
早く泣き止まないと、北川くんまで奇異の目で見られてしまうとわかっているのに、涙は次々と目から流れる。
ふと温かい感触が頭に乗った。
「泣くなっての……」
北川くんの手が私の頭を優しく撫でる。
「ごめん……」
「いや、謝らなくてもいいけど」
ゆっくりと北川くんの手が離れる。
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