36.分からないの。①

 それから、一週間が経った。


「はぁ……」


 一週間経っても私は答えを出せず、悶々としていた。

 口から無意識のため息が出る。

 それを如月さんが耳敏くキャッチし、「どうしたの?」と聞いてきてくれる。


「いえ、何も……」

「ほんとに?」

「はい」

「何かあったら言いなよ。出来るだけ力になるから」

「はい。ありがとうございます」


 このやり取りも、一週間ほぼ毎日の恒例行事になってしまった。

 如月さんには心配を掛けてしまって申し訳ないと思いつつも口からは相談の言葉ではなく、ため息だけが出る。

 何故相談しないのかというと、アオの想いを人に広めたくないからだ。


 如月さんに話せば、三谷さんに伝わるのは目に見えているし、仮に三谷さんに伝わるのはいいとしても、それを誰がどう聞いていてどう広まるか分からないのが人の噂。


 そう考えると今回の事は出来れば人に話したくない案件だった。

 仲がいい人には余計に。


「はぁ……」


 何度目かのため息を吐いた所で、店長が事務所を出てきた。


「如月さん、コピー機が」

「今度は何です? 紙詰まり? インク漏れ?」

「いや、何か……紙吹雪が舞ってる……」

「何それ?」


 しかしその目は相変わらず私を映さない。

 もうかれこれ一ヶ月以上続いているその"日常"は私の心を容赦なく蝕んでいく。


「おはようございます」

「ッス!」

「ざいまっす」


 でも、それを表に出すわけにもいかない。

 私は意識して笑顔を作り、出勤してきた夜勤の三人に「おはようございます」と挨拶をした。


「店長と如月さんが裏にいましたが、どうしたんですか?」


 当然そんな私の内心なんて知らない堀田さんにそう聞かれたけれど何も知らない私は「さぁ?何か紙吹雪でパーティーしたみたいですよ」と笑って言った。


「パーティー? なんの事です?」


 残念ながら相手が冗談が通じない堀田さんだったので怪訝そうな顔を浮かべられてしまったが。

 私だって、何がどうなってるのか知りたい。


「私もよくわからないんですけどねー。あ、こっちはあと、パスタ茹でてサラダ用意したら終わりです」


 私は話題を変え、堀田さんに残りの仕事を告げた。


「流石城田さん。早いですね」


 堀田さんはそう言うけれど、実際は何も考えないように黙々とやっているから仕事がとても捗っているだけだ。

 しかしそれを言うのもおかしいので、「いやいやそんな」と無理矢理笑顔を作って褒められて嬉しいフリをした。


「じゃあ、私、あとこれの盛り付けだけして上がりますね」

「了解です」


 きんぴらごぼうを弁当の入れ物に盛り付けようと作業台の方に向き直ると、私の顔を何故か北川くんがじっ……と見つめていることに気がついた。


「北川くん? どうしたの?」

「……」

「私の顔に何かついてる?」

「……別に」


 しかし北川くんはそう言って、ぷいと余所を向いてしまった。


「え……何?」


 やはり、北川くんの事はよくわからない。

 私は北川くんの事は気にしないでおこうと心に決め、きんぴらごぼうを容器に盛り始めた。



*******************************************



 数日後。


 私は休みの日のルーティンどおり、今日も図書館にやった来ていた。

 偶然遭遇したあの日からは、店長と一度も図書館で会ったことがない。

 だけど店長が前に借りていった本が棚に戻ってきている所を見れば、少なくとも数日以内には来ていたのだろう。

 延長に延長を繰り返された様子の本を手に取り、私は閲覧台に座った。


 ──さて、読んでみようかな。


 店長が長い間読んでいたような本はいったいどんなものなのだろう。

 『花咲く君へ』というタイトルからすれば、サスペンスではなさそうだけれど……。


 そう思いながら表紙を捲ったところで、ポケットの中のスマホがヴーンヴーンと振動した。


 ──これからって時に……誰だろう。


 仕方なく本を置き、スマホをポケットから取り出すと、画面にあったか屋の名前が表示されていた。


 ──何だろう。


 如月さんや三谷さん個人からではなく、店から掛かってくるということは、相手は夜勤の人たちか店長しかいない。

 私は本はそのままに、急いで図書館を出て通話ボタンを押した。


「はい」

『あ、もしもし? 城田さん? 俺、米倉だけど』


 電話口から聞こえてきたのは店長の声だった。

 久しぶりに店長の声で名前を呼ばれ、胸がきゅうっと締め付けられた。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 滅多なことがない限り、電話嫌いな店長は電話を掛けてこない。

 ということは、今回もきっと急用なのだろう。


「はい」

『実は西村のヤツが地域の体育祭で熱を上げすぎてぶっ倒れたらしいんだわ』

「……は?」

『いや、ほんと「は?」って話だよな(笑)で、本人は大丈夫って言ってるらしいけど、病院の先生に今日は休めって言われたらしくて……それで悪いんだけど城田さん、今日の夜出勤できない?』


 店長が困ったような声で私に助けを求めた。

 それを断る理由なんて、最早、ない。


「あ、はい。それは大丈夫ですけど……」

『ほんとごめん。助かる』


 それから、出勤時間や代わりの休日の件などを一言、二言交わしてから電話は切れた。


 

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