35.俺にしなよ。③
「はい、これ」
アオはその鉢植えを私に手渡す。
青色の小さくて儚げな花。
「これは……?」
「リンドウって言う花だよ。秋花へのプレゼント。秋花の誕生日の十月二十日の誕生日花でもある花だよ」
「誕生日、覚えててくれたんだ!」
「勿論」
リンドウは風に揺られてサワサワと揺れる。
とても愛らしい花なのに、見ていると少し悲しくなるのは何故だろう。
「じゃ、今度こそ帰ろうか」
「うん。あ、コンビニ寄って貰ってもいい?」
そういえばコンビニに行くために彷徨っていたということを思いだしてそう言うと、アオは「おーけー。可愛いお嬢様」といつもの調子で言った。
いつもの調子すぎて、こちらの調子が狂う。
まるで、何もなかったみたいだ。
──アオは、気にならないのかな。
私がどんな返事をするのか。
そんなことを聞けるはずもなく、他に話題もなかったのでそこからは何の話をするでもなく、コンビニに寄って弁当を買い、そのままアパートへと向かう。
「秋花」
「ん?」
アパートが見えてきたところで、アオが漸く口を開いた。
「さっきの話、考えておいてね」
「え?」
「俺にしなよって話。まさか、忘れてた?」
「い、いやいや! そんな訳、なかろうも!」
「何その口調!」
私のおかしな日本語に、アオが笑い声を上げる。
私はどうやらテンパると、おかしな口調が出るようだ。
店長の胸に倒れ込んでしまったときも、同じようにおかしな口調でおかしなことを言ってしまったものだ、ということを思い出して、それに苦笑いを浮かべた。
この期に及んで店長の話を思い出すとか、ほんとどうかしてる。
「着いたよ」
アオのその言葉に私は顔を上げた。
おかしなことを考えている間に着いてしまったようだ。
「あ、うん。ありがとう」
私は足元に置いていたリンドウを持って車を降りた。
「では、是非とも葵製品ご購入のご検討をよろしくお願いします」
「おいくらですか?」
「百円で御座います」
「安っ!!」
そんな下らないやり取りも、きっとアオの気遣いからだろう。
アオは優しい。本当に。
それなのに──何故、私はアオへの想いに応えられないのだろう。
リンドウがアオに向かって手を振るように揺れる。
「じゃあね」
「おぅ。またな」
いつものようにアオの車を見送ってから、アパートの中に入る。
階段を上がってすぐの部屋の鍵を開けて中に入り、リンドウを靴箱の上に置いてから靴を脱いで部屋に上がる。
弁当を電子レンジに突っ込み、その間に手洗いうがいをして戻るとレンジは丁度音を立てて止まった。
着替えもせずに温めすぎた幕の内弁当を口に頬張りながら、私は考えを巡らせた。
『秋花を幸せに出来る自信がある。泣かせたりしない』
『だから、俺にしない?』
アオの言葉が頭をぐるぐると回る。
実際、きっとアオは私を幸せにしてくれるだろう。
今までの行動や言葉で、それはわかる。
だけど、それなのに、何で。
『城田さん』
店長の事が頭から離れないんだろう。
アオの方が優しいし、いいってわかっているのに、それでも店長の事が好きな自分が不思議だ。
あんなに冷たくされて好きだとか……自分でもおかしいと思う。
「素直に、アオの事を好きになりなよ……」
そう自分に言い聞かせてみてもダメだった。
寧ろ店長の声が、仕草が、笑顔が離れなくなっていく一方だった。
──そもそも、私って、何で店長の事が好きなんだっけ……?
顔? 性格? 地位? お金持ちだから?
でもそれはきっと、アオも一緒だ。
店長とは種類が違うとはいえ顔もいいし、性格なんて優しすぎるくらいだし、花屋のアルバイトかと思ってたら社員ぽいし、お金は持ってるみたいだし。
店長より何が劣るというのだろう。
空になった容器をゴミ箱に適当に放りいれ、スマホを手に取る。
そして、検索エンジンを開き、『リンドウ
花言葉』と入力して検索を押した。
あの強面のお兄さんに言われたことを思い出したからだった。
『花には言葉がある』『花で人に想いを届けることが出来る』
『秋花は、花には沢山の花言葉があるの、知ってる?』
花屋さんのアオの事だから、きっと──……。
少しの間のあと、スマホの画面に検索結果が出て来た。
───────────────────
リンドウの花言葉
『悲しむ貴方を愛する』『誠実』『正義』
────────────────────
バックキーを押し、花の名前を胡蝶蘭に変えて検索をする。
────────────────────
胡蝶蘭の花言葉
『幸福が飛んでくる』『純粋な愛』
────────────────────
私はスマホを机の上に放り投げ、机に突っ伏した。
──私は、店長の事が好きだ。
──でも、本当にそれでいいの?
──好きなんだからしょうがないじゃない。
──気分屋なのに?
──そんなところも好き。
──でもきっと苦労する。
──私は……。
──きっと……いや絶対に、アオの方がいいよ。
──そんなの、分かってる。
──アオの方が大人だよ。それなのに、何でわざわざ店長を選ぶの? 苦しみたいの?
──そんなの、分かってるってば。
──それに、あんなに想ってくれる人なんて、きっと後にも先にもいないよ。それに、初恋の人だったじゃない。
──それでも、私は、店長のことが……。
──じゃあ、あんなに優しいアオを、傷つけるの? 苦しめるの? 失恋がどれだけ辛いか知ってるのに。
──それは……っ。
──あんな店長のことなんか忘れればいいのに。
煩い。
──店長のことなんか忘れなよ。
煩い、煩い、煩い。
──アオにしなよ。
自分の理性が、心が、煩い。
──本当は自分だって、分かってるんでしょ? ただそれを認めるたら負けな気がしてるだけじゃないの?
──……私は……っ!
──早く楽になりなよ。
「私は……どうしたら……っ」
……分からない。
どうしたらいいのか、どうするべきなのか、何が正解で何が不正解なのか、自分がどうしたいのか、自分の本当の気持ちがどれなのか、分からない。
……恋は甘酸っぱいだなんて誰が言ったのだろう。
恋なんて、苦いだけだけなのに。
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