34.俺にしなよ。②
店長と同じキャラが好きだと判明して嬉しかったことも、店長の態度が急に冷たくなったことも。
それが私に対してだけであることも、嫌われてしまったのかもしれないという不安も。
店長に、皆に嫌な思いをさせてしまうくらいならいなくなってしまいたいと思ったことも、だけど死ねない自分がいてそれがまた苦しいと言うことも。
全部、全部話した。
こんな風に誰かの前で泣いて本音を吐き出したのは多分生まれて初めての事だった。
支離滅裂で、訳のわからない話をアオは一切口を挟まずにただ静かに聞いてくれた。
「そっか。大変だったね」
全ての話を聞き終えたとき、アオはそう言って、微笑んだ。
「ねぇ、私、どうしたらいいんだろう。嫌われてたらどうしよう」
アオにこんなことを聞くのは残酷な事だというのは分かっている。
だけど他に私が何をどう思っているのか知っている人は誰もいない。
私は半分縋るような思いでアオに聞いた。
「んー、何で店長さんの機嫌が悪いのか分からないことにはねぇ」
「やっぱり、私が何かしたのかな……」
「秋花がそんな事をするようには思えないけど、でも店長さんが何をどう取るのかわからないからね。何とも言えないな」
アオは空っぽになってしまったボックステイッシュの箱をゴミ箱に放り入れ、席を立った。
そして隅に積まれている椅子とお茶と共に置かれていた新しいティッシュを取ると、その中身を出しながら私の元へと歩いてきた。
「あーあー。こんなに泣いて……目、腫れなきゃいいけど」
アオはそう言いながら涙に濡れた私の頬を優しくティッシュで拭いてくれた。
そして、
「……俺なら、こんな風に泣かせないのに……」と少しだけ悔しそうに呟いた。
「……アオ」
「ねぇ、秋花」
「……何?」
「俺にしない?」
アオは、昔から変わらない、いつもの軽い調子で言った。
「そうだなー、セールスポイントはあんまりないけど、花は沢山知ってるよ。あと、美味しいご飯屋さんも知ってる。お金は……まぁ、クラウン乗ってるっていう店長には及ばないかもしれないけど、ある程度の貯金はあるかな。生活には困らないくらいの収入もある。それに……」
アオはそこで言葉を切った。そして少し逡巡するような素振りを見せたあと、言った。
「それに、秋花を幸せに出来る自信がある。秋花を泣かせたりしない。秋花を不安にさせない。秋花に生きてていいんだって事を教えてあげる」
そこまで一息に言うと、アオはにかっと笑った。
「ね、イケメンだし、お買い得じゃない?」
「……バカ」
「そうそう、おまけにバカ……って、おい! それはマイナスポイントじゃねぇかよ!!」
そう大袈裟に頭を抱えるアオに、私はクスリと笑った。
それにアオは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「よし、帰るか! 送るよ」
「え、アオ……」
「あ、今日はもう退勤許可貰ってるから帰っていいってさー」
「いや、そうじゃなくて……」
「車取ってくるから、秋花は店の中で待ってて!」
アオは早口でそう畳み掛け、そそくさと事務所のドアを開けて出て行ってしまった。
──アオ、私の返事とか気にならないのかな……。
何にしてもこんな所に一人でいても仕方がないので私はアオが開けっぱなしにしていったドアから店内へと出た。
先程ここに来たときは色々と悩み、悶々としていたのでしっかりとは見ていなかったが、美しい季節の花が誕生日花順に綺麗に陳列されていた。
そこには以前、アオがプレゼントしてくれたミニ胡蝶蘭もあった。
──わ。綺麗だなぁ……。
そう思いながら眺めていると、花の紹介カードのようなカードの所に気になるものを見付けた。
「花言葉……」
「花には言葉がある」
不意に背後から聞こえてきた男性の低い声に「わぁ!?」と驚く私を他所に、その男性──例の強面の人だ──は「花で、人に想いを伝えることもできる」と続けた。
「花で、人に想いを……?」
「隠されたその想いに気付けたとき、その人の想いが分かる……ってな。花っていうのは、美しくて、面白いものなんだ」
その人はそう言うと、私を見て少し微笑んだ。
「うん、スッキリしたみたいだな。良かった」
そう言ってその人は私の返事も待たずに奥に入っていってしまった。
──もしかして、来たときに私の顔を見てたのって……心配してくれてたから?
強面だけど案外いい人なのかもしれないな、と思ったところで、店の前に見慣れた白い軽が停まった。
駆け寄っていくと、アオが車から降りてきた。
「ごめん、忘れ物しちゃったから取りに行ってくるな。車、乗ってていいよ」
「ん、分かった」
私は言われた通り車に乗り込んだ。
相変わらず、花の良い香りがする。
数分後、戻ってきたアオの手には綺麗な花が咲いている鉢植えが抱えられていた。
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