31.奈落の底へ①

 北川くんvs私のどーでもいい戦いの次の日は私は休みだった。

 いつものように図書館に行き、本を読む。

 店長と会うかも、何て甘い想像をしていたが、当然の事ながら店長が図書館に来ることはなかった。


 会えなかったことを残念に思ったが、しかし次の日出勤したとき、会わなくて良かったかもしれないと思った。


「……」


 無言。

 これがいつも通りに挨拶をした私への店長の反応だった。

 前みたいに本を読んでいるわけでも、パソコンを弄っているわけでもなく、ただタバコを吸っているだけなのに、だ。


「今日の店長、すっごい機嫌悪いですね……」


 そう言った私に、如月さんは唐揚げの味付けをしながら「そうなのよ」と言った。


「そうなんだよ、て……」

「昨日からなんだよ、あれ」

「え」

「二日連チャン。マジで勘弁して欲しいわ」

「えぇぇ……」


 如月さんはそのまま、昨日がいかに大変だったか話始めた。

 何でも、朝来たときには機嫌が悪く、三谷さんが挨拶をしても無視。

 朝の開店前のミーティングの時には車でサボって居らず、挙げ句の果てに銀行に行ったっきり一時間は戻ってこなかったらしい。

 昨日店長が唯一笑顔を向け、しっかりと言葉を交わしたのは店長目的で来たの女性客相手のみだったとか何とか。


 私としては、女性客に対してこそ無視してほしかった……という私の内心はさておき。


 とにもかくにも、店長のあまりにも機嫌が悪いせいで店の雰囲気は最悪、雑談も何も出来ないような状況だったそうだ。


 それは今日も例外ではなかった。

 何なら、昨日の話より酷いくらいだった。


 賞味期限切れなどの理由で食材を捨てるときは必ず店長に報告をしなくてはならないのだが、

「店長、これ……」

「適当に捨てといて」

と見もせずに事務所を出ていってしまったし、

帰ろうと思ったときには店長の車は既に無くなっていた。


「……あーっ! 何にイラついてるのか知らないけどさぁ、仕事くらいきちんとやれってーの!」


 如月さんは店長帰宅を知るなり、事務所の扉の前で叫んだ。


「今日のアレは本当に酷かったですよね」


 流石の私も店長へのフォローのしようがなく、如月さんに同意をする。 

 それに如月さんがこちらを見た。


「しろちゃんは余計しんどいよね」

「え?」

米倉さん好きな人があんなんだと、精神しんどいでしょ」

「……」


 確かに、今日一日神経を遣いすぎて疲れた。

 二日前まで普通にキャラクターの話で盛り上がっていて、その話をしようかとウキウキしていただけに余計そう感じるのかも知れない。


「……まぁ、直ぐに元通りになるでしょうから。あの店長の事ですし」


 私がそう言うと、如月さん何故か安心したように顔を弛ませ、「そうだね。そうだといいね」と言った。



***


 しかし、今回ばかりはそんなに簡単にはいかないようだ。


「はぁ……」


 私が思わずため息を吐くと、三谷さんが「アキちゃん、大丈夫?」と声を掛けてくれた。そちらを見ると、如月さんも心配そうな顔をしていた。


 半分反射的に「大丈夫です」と答えたものの、私の心は晴れない。


 店長の機嫌が悪くなってから、一週間が経った。

 一週間前に私が言ったように店長の機嫌が直ぐに良くなる……ということはなく、あれからずっと店長の機嫌は悪いままだった。


 一週間。


 店長の機嫌が悪い日がこんなに続くことは初めてだった。


 定休日である火曜日以外、ずっと神経を使い続けていれば嫌でも疲れてしまう。

 私はもう一度、ため息を吐いた。


「しろちゃん。気持ちは分かるけどそんなに気にしない方がいいよ?」

「分かってます。……分かってるんですが……」


 如月さんはそんな私に呆れた、と言うような顔をした。


「しろちゃんの悪い癖、また出てるよ」

「え?」

「どうせ、自分のせいって思ってるんでしょ?」


 私はその言葉にギクリとした。

 それを感じ取ったエスパーが一人である三谷さんが「やっぱり」と言った。 


「アキちゃん、そんなに自分を責めないの。アキちゃんのせいなわけないでしょ?」

「そうよ。そんなこと考えてたらいつか胃に穴が空いちゃうわよ」


 二人はそう言って励ましてくれるけど、でも今回ばかりはそうは思えなかった。


「だって……」

「だって、何? しろちゃん、何か思い当たる節でもあるの?」

「思い当たる節、というか……」


 私は、店長の言動を思い出した。

 それに胸がチクリと痛む。


「しろちゃん。米倉さんを悪く言ったりしないから、言ってみな」


 如月さんが私の気持ちを読み取ったのか、そう言ってくれた。

 その優しさに、ほんの少しだけ泣きそうになってしまう。

 それを振り払い、私は如月さんと三谷さんに言葉を溢した。


「……店長、私に対して、より態度がキツいような気がするんです」

「それは、気のせいじゃ……」


 私は首を横に振った。


「実際、もう機嫌悪くないんですよ」

「え?」

「私に対して以外は、もうちゃんと喋るんです。店長……」


 そう。店長の不機嫌には慣れ、その機嫌の波でさえも子供みたいで可愛いとすら思えてきていた私が今回、疲れきっているのにはきちんとした理由があった。


 今回の店長は私にだけ、きつい態度を取っているような気がする。


 現に、事務所から出てきた店長の「如月さーん! パソコンが!!」と言う声に、一週間前のような刺はない。


「今度は何したんですか!」

「ごめんごめん。咲ちゃん、如月さん借りるね」


 ……店長は至って普通だ。私以外には。


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