30.熾烈なる戦い
「だぁーかーらぁ!!」
アオと食事に言った次の日、あったか屋の事務所では大きな声が響いた。
時刻は十五時。本来であれば昼勤は退勤し、代わりに夜勤が仕事をしている筈の時間に、昼勤の私と夜勤の北川くんは事務所にいた。
そして、
「こっちの方がいいっつってんの!」
「いや、こっちの方がいいと思う」
何故か言い争いをしていた。
きっかけは、些細な事だった。
私が帰宅するために鞄を弄っている時に、北川くんが調味料を取りに事務所にやって来た。
その時、北川くんは気がついたのだ。
私が『パンだ!パンダ!』というキャラクターのストラップを付けていることに……。
「何で『ねこねこにゃあご』じゃねえんだよ!」
「いや、どっちでも良くない!?」
「良くねぇよ!」
北川くんはいそいそと自分のスマホをポッケから取り出すと、何やら操作をしはじめた。
そして私に画面を向け、
「見ろ! この可愛さを!!」と言った。
そこにはゆるーい猫たちがゆるーく眠ったりゆるーく鍋に入ろうとしたりしているイラストがあった。
北川くんみたいな金髪にピアス着けたヤンキー君がこんなにゆるーいキャラクターを好きだなんて意外すぎる事実だった。
「……ゆるいだけじゃん」
「何をぅっ!? それを言うならパンダだってそうだろ!!」
端から見ればとてもどーでもいい話だった。
だけど、自分の好きなキャラクターをバカにされてそれを何も言わずにスルー出来るほど私は大人ではなかった。
「『パンだ!パンダ!』はねぇ、ある日突然、パンが動き出してパンダになるっていう可愛いストーリーもあるんだよ!」
「何だその内容のない内容は!」
「あるよ! すっごく可愛いんだから!」
そして、言い争いは冒頭に戻る。
「『ねこねこにゃあご』の方が可愛いだろ!」
「確かに可愛いけど、でも『パンだ!パンダ!』の方が可愛い!!」
「そんなワケねぇだろ!」
「そんなワケあるの!!」
先程まで戦いを観戦していた如月さんと三谷さんは呆れたように帰り、堀田さんは我関せずと言った感じで黙々と厨房で仕込みをしていた。
「ていうか北川くん、仕事は!?」
「この決着付けねぇと仕事できねぇんすよ!」
「いや意地固すぎ!」
「絶対に『ねこねこにゃあご』の方が可愛いって証明して見せる……」
このやり取りだけを切り取ると全く以て説得力がないが、普段の北川くんは寡黙な青年だ。
その北川くんから熱意は何処から来るのだろう、と思えるくらいの熱意が伝わってくる。
北川くんが入ってきて一年とちょっと。こんなの初めてだ。
その熱意を仕事にも向けて欲しいものだが、それは置いといて。
取りあえずここは『ねこねこにゃあご』の方が可愛い……と認めるわけにはいかないので私はその戦いに挑むことにした。
心の中で仕事中の堀田さんに謝りながら。
「ぜってぇ『ねこねこにゃあご』だ! こんなに可愛い猫がこの世にいるか!?」
「それを言うなら『パンだ!パンダ!』は夢がある! いつかパンが動くかもっていう夢が!」
「あんた、二十歳にもなってそう思ってるのかよ!?」
「悪かったわね。でも北川くんも一年後くらいにはこうなるわよ」
「うわ、怖ぇぇ……」
そんな延々と続くどうでもいい不毛な戦いに終止符を打つ者がいた。
「あれ、北川くんと城田さん、何してんの?」
「あ、店長。はいざまっす。ちょ、聞いてくださいよ。城田さん、『ねこねこにゃあご』より『パンだ!パンダ!』の方が可愛いとか言うんスよ!」
我先にと店長を味方に付けようとし出す北川くん。
それに店長は首を傾げた。
「『ねこねこにゃあご』って?」
「これっす」
北川くんは先程私に見せたイラストを店長にも見せた。
店長はそれを「へぇ」と言いながら見ると、
「確かに可愛いけど、ごめん」と自分のスマホカバーを見せた。
それに私は思わず「あっ!」と声を漏らした。
「俺も城田さんと同じく『パンだ!パンダ!』好きなんだよね」
店長のスマホカバーは何を隠そう、『パンだ!パンダ!』だった。
北川くんは「マジかよ」と声を漏らした。
「店長……!」
「可愛いよね、『パンだ!パンダ!』」
店長はそう言ってニコッと笑った。
それに私も笑みを浮かべる。
「はい!」
まさか、店長も私と同じものが好きだなんて……。
何だか嬉しい。
悔しがる北川くんに、優しい店長はきちんと「まぁ、でもその『ねこねこにゃあご』も可愛いね。今度調べてみようかな」というフォローを入れるのも忘れなかった。
「店長、こういう可愛いもの好きなんですね」
「グッズもいっぱい持ってるんだよ。意外でしょ?」
「そうですね」
私は素直にそう答えた。
北川くんもそうだが、店長こそこういう可愛いものには興味が無さそうだと思っていたし、キャラクターのグッズなんて買わなさそうなのに。
私はそれに幻滅する所かその可愛らしい一面に私はまたキュンとした。
これが世にいう「ギャップ萌え」ということなのかも知れない。
「で、北川」
「あ、スンマセン。直ぐに仕事に戻りま……」
「いや、それは全然いいんだけど……それより、堀田借りていい?」
「あ、ハイ。じゃ、呼んできます」
「いや、俺が行くからいいよ。じゃ、城田さん、お疲れさま」
「あ、お疲れさまです!」
店長がそそくさと堀田さんがいる厨房に行ってしまったので、私もさっさと帰ることにした。
「『ねこねこにゃあご』の方が可愛い……」と呟く北川くんを置いて。
──今度、店長と『パンだ!パンダ!』の話をしよう。
私はそんなことを思いながらルンルンと帰った。
そんな楽しい日々が終わるだなんて知らずに。
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