28.恋人じゃなくていいから②

「ところでさ」

「はい」

「駐車場にずーっと同じ車が停まってるんだけど、知ってる人じゃない?」


 店長にそう言われ駐車場を見ると、見覚えのある車が停まっていることに気が付いた。


「……すみません、私の知り合いです」


 私は店長にそう言うなり、足早にその車に近寄った。

 車の主もその事に気が付き、車を降りた。


「仕事お疲れさま、秋花」


 車の主──アオはそう言って、少し前と変わらない笑みを浮かべた。

 

「……アオ、こんなとこで何してるの」

「んー、秋花の出待ち?」

「何で出待ち?」

「だって、秋花、メッセージ見てくれないじゃん。だから会いに来たの」

「店長に不審がられてるよ」

「嘘」


 店長の方を見ると、アオも釣られてそちらを見た。

 こちらには目もくれずに煙草を消す店長を見ながらアオは小声で言った。


「……あの人? 秋花が好きな人って」


 一瞬、何て答えようか考えたが、変に嘘を吐く必要もないので「うん」と素直に答えた。


「そっか。話の通り、イケメンだな。俺には劣るけど」

「自分で言ってて虚しくならない?」

「ならない。だって、事実だもの」

「鏡いる? ピッカピカに磨いたやつ」

「俺の幼馴染みで好きなやつが辛辣な件」


 アオと会ったらきっと気まずい。

 そう思っていたのに意外と前と変わらない会話をしている自分に驚いた。

 きっとアオがそう仕向けてくれているからなのだろうけど。


「秋花、この後時間ある? あるなら飯行こ。無いなら、ここでさっさと喋る」


 私は少し逡巡した後、「ある」と言った。


「じゃ、乗って」


 アオは運転席に回り、私はいつものように助手席に乗り込んだ。

 むわっとした暑さから冷房の効いた車内に入ると生き返ったような気分になる。

 店の方を見ると、もう店長はいなかった。


「何か食いたいもんある?」

「アオのオススメ」

「魚? 肉?」

「生じゃない魚がいい」

「おーけー、了解」


 私がシートベルトを着けたのを確認してアオは車を発進させる。


「秋花は生魚、苦手なの?」


 車中、アオはそう聞いてきた。


「うーん。苦手ってわけじゃないけど好きではないかな」

「そっか」


 不意に私は何だかいい匂いがすることに気が付いた。


「ねぇ、何かいい匂いしない?」

「どんな?」

「何か……花、みたいな」


 それにアオは「あぁ」と言った。


「たまにこの車で花を配達するから匂いが付いてるのかも」

「花の配達なんてあるんだ」

「あるよ。遠くだと宅配になるけど」


 それにしてはいい匂いがする。

 私は花の香りに癒されながら車に揺られた。


「着いたよ」


 アオが連れてきてくれたのは、やはり高級そうなお店……というより、料亭だった。


「ここの魚、旨いんだよ」


 名前の入った暖簾も掛けられていない、普通に生活していたら一生手も掛けないであろう純和風な入り口に私がたじろいでいると、アオは先に引き戸を開けてくれた。

 それに導かれるようにして何とか中にはいる。


「いらっしゃいませ」


 中には今度は制服ではなく、しっかりとした着物を着たおしとやかな感じの女性がいた。

 これは焼肉屋と同じパターン……いや、それ以上か。


 相変わらず高級な店に慣れていない、釜飯と焼き鳥の私はそのザ・高級感に目が眩みそうになった。


「こちらへどうぞ」


 そう案内されたのは小さな座敷だった。

 部屋は小さいし質素だが、よく見ると壁から調度品まで全てに金箔が散りばめられており、高級感がそこかしこから溢れだしている。

 やっぱり、焼肉屋の時より凄い。


「秋花、何食べる?」

「な、ななな、何か……魚っ!」

「何かって何だよ。てか緊張しすぎ」


 アオはそう笑うけれど、私はアオほど高級感に慣れていない。

 緊張して当然だと思う。


「ここをあの釜飯屋だと思ってよ」

「全然違いすぎて無理すぎる!」

「えー」


 それにしたって、花屋ってそんなに儲かるのだろうか。この間の焼き肉も高級、今回の料理も高級とか、次元が違いすぎる。


 ていうか天は人に二物を与えず。と聞くけれど、アオと店長には与えすぎじゃないかと思う。

 二人ともイケメンで、優しくて、金持ち(アオに関しては多分)とか一体どうなってるんだろう。

 一物くらい分けてほしい。


「取り敢えず、鯛とー、車海老とー、蟹とー……」


 私がそんな事を考えている間に、アオはお冷やを持ってきたお姉さん(美人)に注文を伝えていた。

 今、高級食材の名前ばかり聞こえたのは気のせいだろうか。


「お待たせしました。茹でタラバガニと、車海老の刺身と、鯛の姿焼きでございます」


 ……気のせいではなかったようだ。


「何この贅沢」

「遠慮せず、いっぱい食ってねー」


 白米も艶やかな輝きを放っている。

 こんな少しの期間にこんなに美しい白米を二回も食べることになろうとは、一ヶ月前の私には想像がつかなかったことだろう。


 私は「いただきますっ」と言ってから鯛の姿焼きに箸を付けた。

 香ばしく焼かれたホクホクの身が美味しい。


「さいこぉ~!」


 思わずそんな面白くもない感想を漏らすとアオは「良かった」と笑った。

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