27.恋人じゃなくていいから①

 それから、めっきりアオとは連絡を取らなくなった。


 アオからメッセージは届いているみたいだけど、それも全く読んでいない。


 最低な奴だと思われていい。

 寧ろ、そう思って直ぐに次に行ってくれればいいと思った。


「しろちゃん、何か一皮剥けた?」

「へ?」


 如月さんに言われ、私は自分のほっぺたを触った。


「……剥けた感はないですけど」

「言葉の綾って知ってる?」

「知ってますよ。でも本当に剥けたとは思えないんです」

「そうなの? 何か少しだけ大人っぽく見えたから、てっきり店長と何かあったのかと思っちゃった」


 その言葉に私は吹いた。


「あ、あるわけないでしょう!!」

「えー、本当にぃ?」


 そう言いながら如月さんはカウンターの方に目を向けた。

 それに釣られてカウンターを見ると、小窓越しに店長が見えた。

 どうやらお金の勘定をしているようだ。

 お札を弾く速度と同じ速度で小刻みに動く体が可愛い。


 店長が後ろを向いているのをいいことに私はその姿を少しだけ見つめた。


「ほら、そんないかにも好きですって言う目で見ちゃってぇ」


 如月さんにからかわれ、私は

「そそそそそ、そんなこと……っ!」

と慌てて店長から目を反らした。


「かーわい。恋する乙女そのものだねぇ。……で、何があったの、本当は」

「ち、違うんですっ! 店長とは何も……!」

「じゃ、何?」


 何かあったのは確定なんだな、と思いながら私は「実は……」とアオの話をした。


「ふぅん、幼馴染み君、ね。いいねぇ。青春だね~」


 それが話を聞き終えた如月さんの第一声だった。


「もう青春って年じゃないですけどね」

「青春って言うのは何歳になってもあるものだよ。要は心の持ちよう」

「少なくとも、私のは青春なんてさっぱりしたものじゃないと思いますが」


 これが青春というなら、青い春なんて清々しいような漢字を付けるべきではないと思うくらい、私とアオの心は晴れない。

 フッた当人が言うのも何だけど、相手のことが滅茶苦茶嫌いでもない限りフるというのも辛いことだと思う。

 勿論、フられた方が何倍も辛いと思うけれど、とにかく私の心も何だかモヤモヤしてスッキリとは言えない。


 アオが優しいからこそ余計にしんどい。

 あの時、罵倒してくれた方が何倍も良かったのに、とさえ思ってしまう。


「ま、それが青春なんだよ。辛いことも、苦しいことも、モヤモヤも全部引くるめて青春。後は店長に気持ちを伝えたら尚いい青春になると思うけど」

「つ、伝えません!」

「何でよ?」


 如月さんは面白そうにニヤニヤと笑いながら私を見る。

 この人は本気で私の恋模様を楽しんでいるようだ。

 現在彼氏アリ、恋愛の達人たる如月さんからすればこんなのどうってことない問題なのかも知れないけど……。


「私、片想いとか何年ぶりか分からないくらい久しぶりなんです」

「うん」

「……だから、どうやってアプローチしたらいいのか分からないんです」


 それに如月さんはさも当然と言うようにその答えを提示した。


「アプローチも何も、言っちゃえばいいんだよ」

「何をですか?」

「好きですって事をさ」


 それに私は「いやいやいやいや」と首を振った。


「無理ですって!」

「何でやさ」

「そりゃ……フられるの怖いですし……それに」


 私は再び、小窓越しに店長を見た。

 お金を数え終えたらしい店長は今度は何やらレジを弄っている。

 何してるんだろう。


「……私はこのままでも幸せですし」


 私のその答えに、如月さんは「ふーん」と興味なさげに返事をした。


「それでいつまで持つかねぇ」

「……どういうことですか?」

「言葉のまんまだよ」


 どういうこと、ともう一度聞き返そうと思ったが、そこで店長の「如月さーん! 助けてーっ!!」という声が聞こえてきた。


 見ると、何故かレジから滅茶苦茶長いレシートが吐き出されていた。


「……またレジでおかしなことしたのか、あの機械オンチ……」


 如月さんはそうぼやきながら先程まで小窓越しに見ていた場所へと歩いていく。

 店長の隣に並び立った如月さんは何やらブツブツ言いながらレジを弄り、尚も吐き出され続けるレシートを止めた。

 それに店長が満面の笑みを浮かべる。


 ──あぁ、私も機械に強かったらなぁ……。


 そう思ってから、如月さんにまで妬いてしまっている自分に気が付いて、そしてそんな自分への嫌悪感に襲われた。


 ──私って、本当に貪欲すぎて……嫌になっちゃうな。


 私はため息をひとつ吐いてから仕事に戻った。


*****


「城田さん、お疲れさま」


 店を出ようとドアを開けると、丁度外で煙草を吸っていた店長に出会した。


「お疲れさまでした!」


 私は少し沈んだ気分を悟られないように明るく挨拶をしながらドアを閉めた。


「城田さん、元気になったみたいだね」

「はい。店長のお陰です」


 そう言うと、店長は「そんなことないよ」と言いながら笑った。

 それだけで気分が上がるのだから、恋と言うのは案外便利なものなのかもしれない。

 ……いや、恋がなかったらそもそも落ち込むことなどなかったのだけど。


 とにかく、恋は便利なもののようだ、と思っておくことにした。

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