26.ごめんね。②

「……何で、もっと早く言ってくれなかったの」


 十七年前、私はアオの事を好きになった。

 だけど十三年前、私の初恋は叶うことなく終わったと思っていた。


 最初は辛かったけど、長い年月を経てそんな記憶も薄れて。


 そして、私は新しい恋をした。


 ──アオの気持ちは嬉しい。凄く。


 大好きだった人が、「好きだ」と言ってくれた。


 こんなに嬉しいことはないだろう。


 でも、私は首を振った。


 だって、違うから。


 今私が好きなのは、アオじゃない。


 今、私が好きなのは……。


「秋花……」

「ごめんね……」


 十三年前なら……いや、私が店長と出会う前なら、私はアオの気持ちを喜んで受け取っていただろう。

 そして、きっとアオとお付き合いしていただろう。


 だけど、私は出会ってしまった。

 まだ日は浅いけれど、アオよりも好きだって思える人に。

 昔好きだったアオの告白を、受け取れないと思えるほど好きな人に。


「……ごめんね」

「謝んなよ」

「ごめんね……」


「……秋花、ひとつだけ聞いていい?」


 そう聞くアオの声は、とても淡々としていた。

 一生懸命、感情を殺しているのかもしれない。

 私はそれに胸を痛めながらも、それでもアオの気持ちに出来るだけ応えようと、自分なりに言葉を紡いだ。


「うん、好き」

「……それって、どんな人か聞いてもいい?」

「……気分屋で時々機嫌が悪いときもあるけど、でも凄く優しくて、面白くて、いつも私を笑顔にしてくれて……」


 私は、そこで言葉を止めた。

 机の上に乗せていた手に、アオの手が触れたから。


「じゃあ、その人と一緒になるのが一番いいね」


 そう言って、アオはニカッと笑った。


「アオ……」

「秋花、頑張れよ」


 その一言に、アオの想いが全て込められているような気がして。

 泣きたいのはアオの筈なのに、気がつけば私は涙を溢していた。


 アオの大きな手が頭に乗せられた。

 その温もりの優しさにまた涙が溢れる。


 喫茶店の店員が好奇心を含んだような目で見てきたけど、気にならなかった。


 私は人目も憚らずに、静かに泣いた。


 ──ごめんね、アオ。

 ──その優しさに応えられなくて、ごめんね……。


 そんな私の頭を、アオはずっと撫でてくれていた。


 ***


 私が泣き止んだところで、アオは「落ちついた?」と聞いた。


「うん、ごめんね。泣いちゃって……」

「いいんだよ。言いにくいことを言ってくれてありがとう」


 アオは本当に優しい、と思う。

 自分のことをフッた私にでさえも優しくしてくれる。

 だからきっと直ぐにいい人が見つかるはずだ。


 私は伝票を手に取った。


「泣いたら、疲れちゃった」

「あ、俺が出すって……」

「これくらい出させてよ。お願いだから」

「……分かった」


 払う払うの押し問答が始まるかと思ったが、アオは案外すんなりと了承の返事をしてくれた。

 きっと、その方が私の気分的にもいいと察してくれたのだろう。

 そういうところも、本当に優しいと思う。


 私はレジで会計をしながら、思った。


 ──アオに会うのは、これきりにしよう。


 その方がきっと、アオの為にもなる。


 こんなにも優しいアオの出会いを、恋愛を妨げるような真似はしたくないから。


 だから、私はいつものように家の前まで送ってくれたアオに言った。


「バイバイ」


 アオはそれに何の違和感も抱かないのか、普通に「バイバイ、またな」と返してくれた。


 ──またな、か。


 私はそれには何も返事をせずに、車を降りた。

 いつものように手を降ってアオを見送る。


 ──バイバイ。私の幼馴染み。


 ──私を、想ってくれた人。


 私はアオの車が右折したのを見届けてからアパートに入った。

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