25.ごめんね。①

 次の日。


 私は家の前でアオが来るのを待っていた。


「……遅いなぁ」


 アオとは昨日のうちにいつもと同じ時間に、同じ場所でという約束をしていた。

 だけど時刻は約束の時間である十六時を過ぎ、更に十五分ほど経っていた。

 いつも時間きっちりなアオにしては珍しい。


 ──仕事が忙しいのだろうか。


 そう思いながら待つこと五分。

 アオの白い軽が現れた。


「ごめん、お待たせ」


 急いで来たのだろうか、アオは額に汗を浮かべていた。


「大丈夫、待ってないよ」


 私はそう言いながらいつものようにアオの車に乗り込んだ。


「仕事がちょっと長引いちゃってさ~」

「アオの仕事って、何時までなの?」

「十五時半だよ」

「じゃあ、いつもギリギリまで働いてから来てるの? しんどくない?」

「しんどくないよ。俺が秋花に早く会いたくてやってることだし、全然苦痛じゃないから安心して」


 アオはそう言って舌をペロッと出した。

 それに、私は黙ってしまった。


「よし、今日は何処に行こうか」


 アオは何事もないかのようにそう言って取り敢えず車を走らせる。


「私、ゆっくり話が出来るところがいいな」

「じゃあ、喫茶店でも行く?」

「うん。いいとこ知ってるの」

「よし。道案内お願い」


 私が選んだのは、前に如月さんと三谷さんと一緒に来た喫茶店だった。


「へぇ、お洒落な所だね」


 アオはそう言いながら中に入っていく。

 その後に私も続いた。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか」

「はい」

「お好きなお席へどうぞ」


 私たちは窓際の一番端っこの席を選んだ。


「メニューも豊富なんだな」

「うん。ここの珈琲美味しいよ」

「へー。でも、俺珈琲飲めないんだよな……」


 アオは味覚は意外とお子ちゃまのようだ。


「あ、今お子ちゃまとか思っただろ」

「お、思ってない、思ってない」

「二回言うところが怪しいな」


 ──バレている。

 と思ったが、最早いつものことなので突っ込むのは止めた。


「──で、秋花から誘ってくれるなんて初めてだな」

「そうだね」

「……話があるってことだったけど、何?」


 アオに聞かれ、私は躊躇いながらも口を開こうとした。

 だが、丁度店員さんがお冷やを持ってきたのでアオへの返事ではなく、注文を口にした。

 私はアイスコーヒーを頼み、アオはオレンジジュースを頼んでいた。

 やっぱりお子ちゃまみたいだ。


「秋花が珈琲飲めるのは意外だよな」


 アオに聞かれたことに対する返事をするタイミングを逃してしまった私がどう切り出そうかと考えていると、アオがぽつりと言った。


「それ、うちの店長にも言われた。そんなに意外かなぁ?」

「見た目的に飲まなさそう」

「子供っぽくて悪かったわね」

「何でそんな皮肉っぽく言うの(笑)」

「皮肉だもん」

「俺的にはそういうギャップがまた可愛くていいんだけどね」


 アオはそんなことを何ともないことのようにサラリと言ってのける。

 それにいちいち顔を赤くしてしまう私が馬鹿みたいだ。


 私が恨みの念を込めてアオを睨んだところで目の前にホットコーヒーが運ばれてきた。


「あれ? 秋花、アイスコーヒーを頼んだはずじゃなかったっけ?」

「そのはずなんだけど……まぁいいか」


 私は仕方がないのでホットコーヒーに手を伸ばした。

 しかし、熱いので飲めない。

 口に付けた瞬間に「熱っ!」と小さく声を漏らした。


「秋花って、猫舌?」

「うん」

「……フーフー、いる?」

「いるかっ!」


 どうやらアオは私をからかうということを覚えてしまったようだ。

 まったく……そんなことをするのは店長だけでいいというのに。

 お陰でもうお腹いっぱいだ。


「秋花はさ、昔から弄られキャラだよな」

「……そう、かな……?」

「そうだよ。ホラ、小五の発表会の時のこと、覚えてる?」

「あ、私が不審者役やったやつ?」

「そうそう! あれとか、マジで傑作だったよな。あんな格好できるのって秋花くらいしかいねぇよ」

「何それ、けなしてるの?」

「いや、褒めてんの。どんな事も出来てすげぇなって」


 私はそれに、自嘲交じりの笑みを返すことしか出来なかった。


「何にも出来ないよ、私は」


 そう。何だかんだ言って、アオに話を切り出すことさえ出来ない。

 本気で話をしようと思えば、どうにだって話すことなんて出来るはずなのに。

 早く話した方がいいってわかっているのに、出来ない。


 怖かった。


 私がこれから話すことはアオを確実に傷つけてしまう事になる。

 そうやってアオを傷付けてしまうことが──……いや、アオの傷付いた姿を見て、自分が傷付くことが、怖かった。


「アオ……」

「で、話って何だった?」


 アオはそんな私の内心を知ってか知らずか、自ら話題を振ってきた。


 更には

「もしかして、告白の返事?」

とも言った。


 どうやらアオに隠し事は出来ないようだ。


「……そうだよ」

「聞かせて、くれる?」

「うん……」


 私はまだ少し熱い珈琲を一口、飲んだ。

 アオはそんな私を真っ直ぐに見つめていた。


 きっと、アオにはもう分かっているのだろう。

 私の答えが。


 それでも尚、聞こうとしている。

 敢えて……傷つくのを承知で。

 真っ直ぐに受け止めようとしている。


 私は、それに応えなくてはいけない。


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