24.店長②
とにかく、そんな密室状態に店長と二人きり。
今にも心臓が口から飛び出て宇宙に行ってしまいそうだ。
「けど、何?」
そんな私の動揺など知らない店長は容赦なくキラキラスマイルを向けてくる。
私はこのカラオケ屋から生きて出られるのだろうかと、本気で心配になった。
そんな事を素直に店長に言えるはずもなく、
「実は私、音痴でして……歌えば店長の耳が腐ってしまうのではないかと心配している次第で御座います」
と言った。
ちなみに、本当に音痴なので嘘は吐いていない。
「何その喋り方! ていうか、そんなの気にしなくていいって。取りあえず何も考えずにはっちゃけようよ」
「は、はい」
「じゃー、まず俺いれるね」
店長はそう言って端末を操作する。
──店長って、何を歌うんだろう……。
そういえば私は店長が何の音楽が好きなのか知らない。
少しワクワクしながら待っていると、流行に疎い私でも知っているくらい有名なロックバンドの曲が流れ始めた。
そして、店長はイメージ通り、歌がうまかった。
というか……。
──か、格好いい!
普通に座って歌っているだけなのに、何だろうこの格好よさは。
気張るところは気張り、歌い上げるところは綺麗に歌い上げる。その加減がまさに絶妙で、思わず聴き入ってしまう。
英詞の部分も流暢に歌い上げていく店長を端末を操作することも忘れて見つめた。
「城田さん?」
「ふぁいっ!」
歌い終わった店長に声を掛けられ、思わずガン見してしまっていたことに気が付いた。
恥ずかしい。
「す、すみません! めっちゃ見ちゃって……」
「あはは、いいよ。そんなに俺、格好よかった?」
その言葉に素直に頷くことなんて出来ない私はそれには答えずに「店長、歌上手いんですね」と言った。
「あぁ、俺元々、バンドでボーカルやってたからね」
「えっ、ボーカル!? 凄いですね!」
「遊びで始めたカバーバンドだったんだけどね。二十歳くらいまでやってたかな」
「ふぇぇ、ボーカル……いいなぁ。憧れる……!」
「そんなに凄いものじゃないよ。で、城田さんは何を歌うの?」
「はぅ。……やっぱり、歌った方が……」
「歌ってよ。城田さんの歌、聴いてみたい」
私は店長にそう言われ、すっかり存在を忘れていた端末を操作し、歌える曲を探した。
あの店長の後に歌うなんて何だか気が引けるが……でも店長が「聴いてみたい」と言ってくれたのだ。
私はえいっと気合いを入れて送信ボタンをタッチした。
私が選んだのはよく有線でも流れている可愛らしいラブソング。
緊張で時々歌詞を間違えながらも何とか歌いきる。
それにしたって本当に音痴だな、私。とか思って落ち込んだけれど、
「城田さんの歌声、可愛いね」
と店長に言ってくれたので私のテンションは爆上げした。
それから、二人でフリータイムいっぱい、八時間ぶっ通しで歌い続けた。
「はー、喉ガラガラー」
カラオケ店から出た店長はそう言いながら伸びをした。
「いっぱい歌いましたもんね」
「な」
そんな会話をしながら会計をし……って言うか店長がしてくれたんだけど、とにかく会計を済ませて外に出ようとしたところで、外でとんでもない量の雨が降っていることに気が付いた。
──うわ、車までの間でびしょ濡れになるレベルのやつだ。
でもだからといってこんな所で躊躇している訳にはいかない。
びしょびしょになる覚悟をした私だったけど、それより早く店長が
「城田さんはここで待ってて。車取ってくる」
と言って店を飛び出していってしまった。
「あ……っ」
何だか申し訳ない気持ちになったけれど、ここで私も出て行ってしまったら折角の店長の好意が不意になってしまうので、大人しく待つことにした。
暫く待っていると、店長の車が目の前に停まった。
自動ドアを抜け、その車に乗り込むと案の定、店長は信じられないくらいびしょ濡れだった。
「わわっ! すみません、大丈夫ですか!?」
私がそう言うと、
「大丈夫だよ。それより、城田さんが濡れちゃったらいけないからね」と笑った。
その言葉にまたドキリとした。
──その言い方は、反則だよ……。
まるで、私の事が大切だと言ってくれているような錯覚に陥ってしまいそうになる。
そんな訳、ないのだけれど。
家の前に着くと、店長は「濡れて風邪を引かないように」と車に積んであった傘を貸してくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら傘を受け取ると、
「少しは、気が晴れた?」と店長が言った。
「え?」
「スッキリ、出来た?」
その一言で、店長が私をカラオケに連れてきてくれた理由に思い当たった。
──もしかして、私が悩んでたから……。
「……はい! ありがとうございます!」
私がそう返事をすると、店長は「良かった」と笑った。
──あぁ、やっぱり。
アオに告白されて、悩んで、色々考えたけれど。
──私が、私が好きなのは。
私は、ひとつの決心をした。
「……店長」
「ん?」
「本当に、ありがとうございます」
「……うん」
私が本当に好きな人は、一人だけだ。
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