22.幼馴染み②


「あー、旨かったな」


 アオは車に乗り込みながらそう言っ

 それに対して私は何も答えない。


「秋花ー? まだ怒ってんの?」

「だって……」


 結論から言うと、私の今度は奢ろう作戦は失敗に終わった。

 私がトイレに立っている間にアオが支払いを済ませてしまったのだ。

 それに私は怒っていた。


「私、今回は奢ろうって張り切ってきたんだよ?」

「うん、知ってる。秋花が店を任せてほしいって言った時点からそのつもりなんだろうなって思ってた」

「……じゃあ、何で払っちゃうの」

「ごめん、秋花が動揺してる姿を見たくて」

「何それ。意地悪? なら余計やめてよ」


 私はアオの返事により機嫌を悪くした。

 意地悪で奢ってほしくなんかなかった。


 だけど……。


「ごめんって。秋花の困った顔が可愛いからいけないんだよ」

「はっ!?」


 私は思わず固まった。


「だから思わず意地悪したくなっちゃうの。ごめんね?」

「……からかうのもいい加減にしてよね」

「からかってなんかないよ」

「からかった」

「どの辺が?」

「可愛いってとこ。嘘ばっかり。そんなこと言ったって、うやむやに出来ないんだからね」


 アオはそれに少しきょとんとした。


「俺、嘘なんか言ってないけど?」

「嘘」

「本当だって。秋花、可愛いから」

「だから、からかわないでって……!」


 別に、アオの言葉を信用しない訳じゃない。

 でも、そんな訳ない。


 私が可愛いだなんて……


 そんな訳、ない。


「……他の人が秋花をどう見ているのかは知らないよ。でも、俺からしたら秋花は可愛い」

「……そんな訳……っ」

「あるんだよ」


 アオは私の頭にぽんと手を乗せた。


「秋花は、俺の中では世界一可愛い」

「アオ……」

「本当は、言おうかどうしようかずっと悩んでた。でも、やっぱり言うよ」


 アオは、私の目をしっかり見て、言った。


「俺、秋花の事好きだよ。ずっと前から、好きだった」

「ずっと、前から……?」

「そう。十七年前から、ずっと」


 十七年前。

 私とアオが出会った頃だ。


「でも、そんな素振り……」

「あれ? 俺、ずっと『好き』って言ってたはずだけど?」

「あれって、友達としての意味じゃ……」

「何でそうなるんだよ?」

「だって、いつも好きって言ったあと、『美人じゃないから見飽きない』とか言ってたし……」


 それにアオは思い出したようにあぁ、と言った。


「ごめん。俺、昔は素直じゃなかったから、上手く伝えられなかったんだ。俺はちゃんと、秋花の事を一人の女の子として好きだった」

「嘘……」

「本当だって。だから秋花から連絡が来たとき、飛び上がるくらい嬉かった。運命だって思った」


 アオの顔が歪んで見える。

 それにアオが少し笑ったのが分かった。


「泣くなよ。……てか、泣いてる顔まで可愛いとか最強なの、秋花?」

「……バカ」

「おい、バカとは酷い言いようだな」


 アオが声を立てて笑う。

 そして、私の頭をグシャグシャっと撫でた。

 折角セットした髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまったけれど、私は気にならなかった。


「ま、返事とかいいからさ。取り敢えず覚えておくだけ覚えておいてよ」

「え……」

「俺は別に秋花に付き合って欲しくて言ってるんじゃない。秋花に、想ってる奴がいるよって事を覚えておいて欲しくて言っただけだから」

「……」

「だからさ、俺の好きな奴を心の中ででも侮辱するのは止めてくれよ。怒るぞ」


 アオはその言葉とは裏腹に優しい笑顔を浮かべた。


「さて、行くかな。そろそろ秋花お嬢様を家まで届けないと、明日寝坊しちゃうからな」

「……寝坊しないもん」

「あれ? この間寝癖付けて仕事に行って店長さんにからかわれたんじゃなかったっけ?」

「あれ冗談だもん!」

「はいはい、じゃあ行きますよ、お嬢様」


 アオはそう言って何事もなかったかのように車を発進させた。

 車内で流れるラブソングは昔ながらの曲を終えて、今流行りのラブソングを流し始めた。

 それをアオが小さく口ずさむ。


 私はただ黙ってそれを聞いていた。


「じゃあな」


 家の前に着き、車を降りるとアオは手を振った。


「ありがとう」


 私は色んな意味を込めてアオにお礼を言った。


「いいってことよ。また飯でも行こうな」


 アオは前回と全く同じ言葉を言った。


 私はそれには何も言わずに「じゃあね」と言った。


「おう」


 私がドアを閉めると、アオは私に少し笑いかけてから車を発進させた。


 私はフラフラと階段を登り、家の中に入るなりその場にしゃがみこんだ。


『世界で一番可愛い』

『ずっと前から、好きだった』

『一人の女の子として』

『想ってる奴がいるよって事を覚えておいて欲しくて言っただけだから』


 アオの言葉が頭から離れない。


 信じられなかった。

 アオが、私の事を好きだなんて。


 何かの聞き間違いじゃないかと思った。

 何かの記憶違いじゃないかと思った。


 でも、アオの言葉はしっかりと耳に残っている。

 それが今日起きたことが嘘じゃないことを証明していた。


 私は何とかそこから立ち上がり、着替えもせずにベッドにダイブした。

 他に何かをする気にはなれなかった。


 私はそのまま眠りに落ちた。


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