20.ジェットコースターのように②
それなのに。
「お疲れさまでしたー」
仕事終わり、事務所に行くと店長はタバコでも吸いに行っているのか、誰もいなかった。
やはり今日一日店長の機嫌は悪く、それに如月さんのイライラが混ざり、店内はピリピリしていた。
その空気に疲れた私はさっさと帰ろうと荷支度をしていたのだけれど。
「おつかれーっ!」
事務所のドアがバン!と空いたかと思うと、何故か上機嫌の店長が入ってきた。
何があったのかと思うくらいニコニコしながら「城田さん、お疲れ」と言うなり、私の頭をくしゃっと撫でた。
突然の変わりように驚くのと同時に、頭を撫でられた事に対するドキドキと嬉しさが込み上げてくる。
たったそれだけで今日一日嫌だったことも吹っ飛ぶなんて我ながら安い女だな、と思った。
「お疲れ様です」
「ちょっと、米倉さん。頭を触るとか、セクハラですよ」
「えー、頭触るのくらい良くない? ねぇ、城田さん?」
如月さんの言葉に反抗するように、店長が私の頭に手を置く。
それに如月さんが私にだけわかるようにニヤリと笑った。
──如月さん、これ……わざとか……。
嬉しいけど、凄く嬉しいけど、でももう私の心臓は破裂寸前だ。これ以上この体制を保ち続けることなんて出来そうにない。
私は少し勿体ないと思いながら店長の手から逃れようと如月さんの側に寄った。
「しろちゃん、こんなセクハラ兄さんのことは訴えちゃいましょ」
「そうします」
「頼むからやめて!」
本当に今日一日、ピリピリしていたのが嘘のようなくらい、三人で冗談を言い合う。
とても楽しい時間。
それが毎日続けばと思うけれど、そうもいかない。
次の日の朝には店長はまた不機嫌になっていた。
「米倉さんって、本当に機嫌のアップダウンが激しいよね」
三谷さんが卵焼きを焼きながらぼやく。
「そうですね……昨日の夕方は凄く機嫌が良かったのに……」
今日は如月さんがお休みなので昨日みたくピリピリすることはなくても、それでも空気がどこか固くなることには変わらない。
そんな風でも元気な三谷さんの声が店内に響く。
その声を聞くと私まで元気が出るのだから三谷さんは凄いと思う。
それに感化されたのか、店長は今日は営業の途中から機嫌が良かった。
本当にコロコロと機嫌が変わるな、と思った。
まるでジェットコースターみたいだ。
前まではそれが嫌だと思っていたけれど、今はそんな少し子供っぽい所さえいいなと思えてきた。
──恋は盲目って、こういうことなのかな。
「ま、アキちゃんの場合、本当に盲目って感じだよね」
「…… 私この店の人全員に心を読まれてる気が……」
「だって、本当に分かりやすいんだもんアキちゃん」
「その台詞を言われるのも何回目だろう」
「ま、アキちゃんはそういうところがいいんだけどね。表裏ない感じで」
三谷さんはそう言って笑った。
それに私は不覚にも目が潤む。
「こんなんなのに、いいんですか……?」
「うん、いいんだよー。可愛いし、素直なんだなって思える。って、アキちゃん泣いてる?」
「すみません、いつも私、私なんてって思ってたから……そう言って貰えたのが嬉しくて……」
「もう。アキちゃんは自己評価低すぎ。もっと自信持ちなよ」
三谷さんがそう肩をぽんと叩いてくれる。
──あ、やばい涙が……っ。
三谷さんの優しさに思わず涙が溢れそうになったその時、タイミング悪く「やぁ」と店長が事務所から出てきた。
──わわっ!
私は店長に見られないようにと慌てて涙を拭おうとした。
だけど少し間に合わなかったようで、店長が私の顔を見て驚いたような顔をした。
……情けなくて、格好悪くて、また涙が出そうだ。
「ちょっと咲ちゃん。俺の城田さん泣かせないでよ」
しかし、その言葉で涙が何処かへ飛んでいった。
「お、おおおっ!?」
私が困惑している間に、
「ちょっと店長! 何どさくさに紛れてアキちゃんを自分一人の物にしようとしてるんですか! 独り占めしようとしないでください!」
と突っ込む三谷さんに、
「え、俺だけのじゃないの?」
何故かきょとんとする店長。
「アキちゃんはみんなの物です!」
「それも何か違う気がするんですが!!」
ボケが渋滞していた。この二人にツッコミ一人じゃ足りない。
私は心の中で如月さんに助けを求めた。
閑話休題。
「──で、恋は盲目って話だったよね?」
「あんなに濃いやり取りの後に思い出せる三谷さんは凄いと思います」
店長が電話で店を出ていったのをきっかけに、私たちの話題は元の話に戻った。
「アキちゃん、本当に米倉さんのことが好きなんだね」
「……さて、ぼちぼち夕方さんが来る頃ですねー」
「こら。照れ臭いからって逃げないの!」
「だってぇー」
「ちゃんと答えなさい~!」
「やー!」
そんな風に二人でじゃれあっていると。
「……何してんスか?」
「あ、北川くんおはよー」
出勤してきた北川くんに冷たい目で見られてしまった。
視線が痛い。
「ざいます。西村サンは少し遅れてくるそなんで、俺が引き継ぎます。取りあえず何すればいいですか」
「粗方の準備は終わってるよ! あとサラダ盛り付けるだけかな」
「……遊んでたんじゃないんスね」
「暇だったんだよ」
実際、今日はピークが終わってからはずっと暇だった。
もう特にやることもないし、唯一残された北川くんの仕事を奪ってしまうのも悪いので今日は少し早いけど上がることにした。
事務所に行き、店長に「お疲れさまでした~」と挨拶をしながらエプロンを外していると、開けっぱなしになっていた私の鞄の中でスマホのランプがチカチカと光っているのが見えた。
「咲ちゃん痩せた?」
「どこ見てるんですか、変態」
「えぇ……」
そんな会話をする店長と三谷さんを尻目に私はスマホを開き、メッセージ表示画面を押した。
差出人はアオだった。
>秋花、今日仕事? もし良かったら仕事終わりにでもご飯いかない?
私はそれに直ぐに返事をした。
>行く!!
>じゃあ、この間と同じ時間に迎えに行くでいい?
>うん! アオが良ければ今回は行き先、私に決めさせて欲しいな。
>おぉ! 秋花プレゼンツ!! 楽しみだな
この間はアオに高いご飯を奢らせてしまった。今度は私が奢る番だ。
私は何処に連れて行こうかなと頭を巡らせた。
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