18.葵②


 すると、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってきた。


「予約をしている新谷ですが」


 アオがお洒落な着物風の制服を着たおしとやかな感じの店員さんにそう告げると、

「新谷様、お待ち致しておりました。こちらでございます」

と静かに案内をしてくれた。


 案内された先は、とてもシンプルだけど、でも一つ一つの調度品に拘っていそうなお洒落な個室だった。


 ──……って、ちょっと待って。見た目からして少し高級そうだとは思ったけれど、これってもしかしてかなり高級店なんじゃ!?


 私は少し財布の中身が心配になった。


「秋花はどの部位が好きとかある?」


 アオにそう言われて何だかお洒落なメニュー表を見てみたが、値段が書いていないところがまた恐ろしい。時価って言うことなのだろうか……。


「好きな部位とかはあれだけど……レバーとホルモンが食べれないかな。それ以外なら何でも……」

「じゃ、俺のオススメでいい?」

「うん」


 私がそう答えると、アオは呼び鈴を押した。その音までお洒落な気がするのは気のせいだろうか。


「ミスジと、リブカブリと、センボンと、ランプと、トウガラシと……」


 やって来た店員さんにアオが注文を次々と伝えるが、私には何なのかさっぱり分からなかった。

 ランプとトウガラシに関しては食べられるものなのかと心配になったが、しかし運んでこられたのはどれもこれも美味しそうな肉たちだった。


 それをアオが「コツがあるから」と順番に焼いて「はい、これ。ランプ」「これはトウガラシ」と私のお皿に入れてくれた。

 何だか焼かせてしまって申し訳ないと思ったが、手伝うと却って邪魔になってしまうような気がしたので、私は遠慮なく焼けた肉を口に頬張った。


 何これ、ランプって超柔らかい。

 トウガラシは少し筋があるものの、肉汁たっぷりで美味しい。


「美味しそうに食べるな」


 アオはすっかり食べることに夢中になった私を見て笑った。


「はっへ、ほいひい」

「何となく言いたいことは分かるけどさ、飲み込んでから喋りなよ」


 そう言われて、私は口の中のものをゴクンと飲み込んだ。 


「アオ、よくこんな美味しいお店知ってるね」

「花の卸業者の人とかに連れてきて貰ったりしてるからな。まぁ、人徳って奴だよ、人徳。ほら、俺って性格いいだろ?」

「はいはい。あ、ご飯お代わり」

「スルーすんなっ! そしてよく食うな、本当に!」


 アオの寝言は無視し、私はご飯(二杯目)を注文した。

 ここは白米ですら美味しい。きっといいお米が使われているに違いない。


「で、秋花は独身なんだっけ?」


 私が頼んだ二杯目のご飯に口を付けたところで、アオがそんなことを聞いてきた。


「そうだよ」

「彼氏は?いないのか?」

「いないけど、何で?」

「そうか。頑張れよ」

「何それ。そういうアオはどうなのさ」

「独身、彼女なし」

「立場一緒じゃん!」

「お互い頑張ろうぜ、幼馴染み」


 お互い謎の励まし合いをし、そして昔の話や今の話を沢山した。


「でね、その店長って言うのがまたちょっと意地悪で、いつも私をからかってくるんだよ」

「へぇ。面白そうな店長だな」

「面白いよ。特に如月さんって言うお姉さんと言い合ってるのが一番面白い」


 私はあったか屋の面白い面々の話をし、


「花には花言葉が沢山あるんだ。花ひとつにも二つ三つ意味があったりする」

「一つじゃないんだ!」

「そう。そういうのを調べるのも面白いよ」


アオは花の豆知識を教えてくれた。


 そういう楽しい時間と言うのは、往々にして直ぐに過ぎ去っていってしまうものだ。


「お客様、ラストオーダーのお時間となりましたが、追加のご注文等は宜しいでしょうか」


 店員さんにそう言われ、時計を見ると二十二時半になっていた。

 さっき、来たばかりだと思ったのに……。


「そろそろ出る?」

「そうだね」


 私はデザートのバニラアイスの残りを口に頬張り、伝票を取ろうとした。

 だが、それはアオの手によって阻まれてしまった。


「昨日、奢るって言っただろ?」

「え、あれ冗談で……」

「あぁ、秋花に言われたからじゃないよ。俺は元から払うつもりだったから」

「でも……」

「いいから。ここは久し振りの再会なんだし、男に花を持たせてよ」


 そう言われてしまったら何も言い返せない。

 私は素直に言葉に甘える事にした。


でも数分後にそれを少し後悔することになる。


「秋花は先に車に行ってて」


 会計の時、気を遣わせまいとしたのかアオはそう言って車のキーを私に渡してくれたのだけど、どうしても会計の金額が気になるのでこっそり入り口の窓越しにその会計を見て、ビックリした。

 会計、五万越えてた……。


「ご馳走さまでした。本当に美味しかった!」


 会計を済ませ、車に乗り込んできたアオに私は心からそう言った。

 本当はやっぱり半分くらい払うよと言いたかったが、それではアオの気持ちを台無しになってしまうような気がしたのでやめた。


「喜んでくれて良かった」

「特に、あのネクタイっていうやつ!初めて食べたけど、本当に美味しかった!」

「あぁ、あれ裏メニューなんだよ。希少部位みたいである時とない時とあるけど、今日はあって良かった」


 アオはそう言いながら車を発進させた。

 私は運転をするアオを見ながら、アオは本当に大人になったなと思った。

 会ったときは昔と変わらないなと思ったけれどそれはこの数時間で変わった。

 アオは性格の根っこの部分はそのままに、だけど確かに大人になっていた。


 ──それに比べて、私は……。


 私は、昔と比べて何が変わっただろうか。


 何だか伸びた身長の分だけアオが遠くに行ってしまったような、そんな感覚に襲われて、それを少しだけ寂しく感じた。


「じゃあな」


 アオは家の前まで送ってくれた。


 私が車を降りて

「ありがとう」

とお礼を言うと、

「いいってことよ。また暇なときにでも飯行こうな」

と言ってくれた。


「うん。またね」


 私がそう言ってドアを閉めると、アオはピッと軽く手を上げてから車を走らせた。


 その車が去っていくのを見ていると、アオがどんどん離れていってしまっているような気がした。


 ──また、アオをご飯に誘おう。今度は私の奢りで。


 私はそう思いながらアパートの階段を登った。


 

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