17.葵①
「しろちゃん、どうしたのそんなに慌てて?」
いそいそと帰り支度をする私に、如月さんが物珍しそうに聞いた。
「あ、実はちょっと約束してて……」
「そうなの? それならもう少し早く上がってくれても良かったのに」
今日は店長が休みで居なかった。
なので店長の代わりに銀行に行ったり、パソコンのデータ送信とかをしていたらアオとの約束の時間である十六時の三十分前、十五時半までの仕事になってしまったのだ。
その為、私は急いで帰り支度をしていた。
「いえ、何とか間に合うので大丈夫です」
「……で、待ち合わせの相手は? 店長?」
「違いますっ!」
「えー、あやしっ!」
「怪しいですねっ!」
如月さんと三谷さんがニヤニヤしながら私の顔を覗き込んでくる。
全く、この二人は一体どんな想像をしているのやら。
「本当に違います! 幼馴染みです!」
「幼馴染み?」
「そうです。昨日ネットで再会して……」
「それ、男? 女?」
「男です」
私がそう素直に答えると、如月さんが「ほほぅ」と息を漏らした。
「しろちゃん、あんたも隅に置けないねぇ」
「な、何の話です?」
「またまたぁ。本当に幼馴染みなの? 恋愛感情は?」
「そんなのありませんっ! ただの幼馴染みですからっ! それに、今私が好きなのは……」
私はそこで言葉を切った。
何だか、その先を言うのが少し恥ずかしかったからだ。
それに如月さんがまたニヤニヤと笑う。
「好きなのは?」
「う……」
「しろちゃんが好きなのって誰だっけ~?」
「うぅ……」
「幼馴染みくん?」
「ち、ちが……っ!」
「じゃ、だぁれ?」
ダメだ。これは完璧に意地悪スイッチが入ってしまったようだ。
こうなったら強引にでも逃げないと、えらい目に合うのは経験上、分かっている。
「あー、約束の時間がー」
「あ、しろちゃんっ!」
「じゃ、おつかれサマデシター」
私は放っておけばずっと弄ってきそうな二人を置いて店を出た。
「ふぅ……」
ため息をひとつ溢してから、私は家までの道のりを早足で歩き出した。
季節は初夏。まだ夏ではないので普通に歩いている分にはそんなに汗はかかないが、早歩きとなれば違う。
家に着いた頃にはうっすらと汗をかいていた。
私は急いで制服を洗濯機に突っ込み、シートで体を拭く。
そして、昨日のうちに用意しておいた黒いパンツを履き、白の半袖のブラウスとその上から黒の薄いカーディガンを羽織る。
取りあえずどんな格好で行ったらいいのか分からないので、フォーマルでもカジュアルでもいけるような服装にした。
そして洗面所に行き、首の根っこまで伸びた髪を少しだけボブ風になるように巻く。
あまり意味がないような気がするけれど、まぁ気分的な問題だ。
そうこうしているうちに、スマホが鳴った。
見てみると、アオからメッセージが入っていた。
>着いたよ。急がなくて良いからね。
私はそれには返信せずに、鞄に財布を突っ込んで家を出た。
アパートの前には白い……車には疎いので車種名は分からないけれど、軽自動車が停まっていた。
きっとあれがアオの車なのだろう。
私は家に鍵をかけ、階段を駆け降りてその車の元に走った。
アオは駆け寄ってきた私を見て、ドアを開けてくれた。
「急がなくて良いって言ったのに」
それが、久し振りに会ったアオの第一声だった。
「だって、待たせたら悪いと思って」
私はそう言いながらアオの車に乗り込んだ。
そして、そういえばアオは昔から写真写りが悪かったな、と思った。
店長には劣るが、それでも充分イケメンの部類に入るだろう。
店長は男らしい俳優さんみたいな感じだが、アオはどちらかというと可愛らしい、所謂ジャニーズっぽいイケメン、といったところだ。
そう思ったところで基準が何かと店長になってしまっていることに気が付いた。
好きだと自覚した途端にこれだ。
私はそんな自分に苦笑いを溢した。
「それにしても、本当に久しぶりだな」
「本当、久し振り。声、だいぶ変わったね」
「そっか。秋花は俺の変声期の前に夜逃げしていったから……」
「夜逃げじゃないもん!」
そう言うと、アオは昔と変わらない笑い声を上げた。
アオは声こそ低くなり、顔立ちも大人になって身長もかなり伸びているが、後は全然変わっていないようだった。
それに私は安心した。アオが全然違う人になっていたらどうしようかと思っていたから。
「秋花は相変わらずちっさいのな。最後に会ったときとあまり変わってないんじゃね?」
「ちっさいって言わない! それに、二センチは伸びたもん!」
「二センチって!」
アオは私がシートベルトを着けたのを確認してから車を発進させた。
「秋花、嫌いなもんとかない?」
「ないよ」
「お、成長したな。昔は好き嫌いが多かったのに。えらいぞ!」
アオはそう言って私の頭を左手でくちゃっと撫でた。
大きな手だった。
「ちょっと、子供扱いしないでよ! 同い年のクセに!」
「同い年とは思えねぇ小ささだな」
「やかましい! 私だってあと十センチ欲しかった!!」
まるで二人とも子供みたいなやり取りだった。
それもまた、幼馴染み同士の良いところであると言えば、良いところなのだが。
アオが連れてきてくれたのは、車で二十分程走った場所にある少しばかり高級そうな焼き肉屋さんだった。
「秋花、肉好きだったよな?」
「うん、大好き!」
「素直でよろしい」
そう言いながら車を降りると、真横にアオが立った
車に乗ったときから何となくで分かっていたけれど……。
「アオ、本当に大きくなったよね」
「ふはは。羨ましかろう、ちびっこ秋花ちゃんよ」
「ムカつくけど、この身長差は言い返せないわ」
アオは身長一八〇センチ越の店長と並んでも大差なさそうなくらい大きかった。
現顔が遥か上にある。見上げていたら首が痛くなるやつだ。
私はそんな上の方にあるアオの顔を睨んだ。
「何だよ」
「何でもない。さ、肉肉!」
私は色気の一欠片もない台詞を言いながら店内へと足を踏み入れた。
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