15.初恋①

 私は帰宅し、着替えるなりベッドにゴロンと転がった。


 ──今日は色んな事があったなぁ……。


 店長が女の子達に所謂逆ナン?されて、ヤキモチという感情を如月さんに教えられ、火傷してしまったのを店長に手当てをして貰って。


 店長の事が好きなんだって事に気が付いた。


 まだ、何処がとか言われても答えられないけれど、確かに店長の事が好きなんだって思える。


 私は目の前に火傷を負った右手を翳してみた。

 店長が巻いてくれた包帯ですら何だか愛しい。


 恋をするなんて、一体何年ぶりの事だろう。

 こんな感情は本当に久しぶりな気がする。

 何なら、初恋以来ではないだろうか。


 ──初恋、か。


 私の初恋って何年前の事だったっけ、と少し考えてみる。

 小学校六年生の頃にこの辺りに引っ越してきて、その前に六年間好きだった子。

 ということは、小学一年生?


「子供だなぁ……」


 幼馴染みで、ちゃんとした告白こそしなかったけれど「好き」と軽々しく言えるような、そんな本当に子供みたいな恋だった。


 ──あの子は今、どうしているんだろう?


 私はふと思い立って、ベッドボードに置いておいたスマホに手を伸ばした。

 ネットが普及し、誰もがネットで呟いたり活動できるようになった今、もしかしたらあの子の名前で検索したら情報が出てくるかもしれないと思ったからだ。


 ──あの子の名前、何だったっけな……?


 最後に会ったのは十年以上前の事であったが、初恋の、しかも長い間片想いをしていただけあってすぐに名前を思い出すことは出来た。

 検索エンジンの入力画面を押し、あの子の名前を入力する。


新谷しんたに……あおい……と」


 ……でもまさか、本当にヒットするなんて思っていなかった。


「出てきたよ……」


 検索した結果、「新谷葵」とフルネームで登録されたアカウントが出てきた。


 ──フルネームで登録とか……見つけてくださいって言ってるようなものだな……。


 そう思いながらそのページに飛んでみる。


 そして出てきた呟きを遡ってみると、写真が出てきた。

 茶髪の男性が海で満面の笑みを浮かべている写真。

 その男性の顔は私が知っている頃よりもずっと大人びてはいるが、しっかりと子供の頃の面影を残していた。


「アオ……」


 私は懐かしい名前を呼んだ。


 ──元気そうで良かった……。


 私は成長したアオの顔を見ながら、昔の事を思い出していた。




**********************************************



 新谷葵と私、城田秋花の出会いはかれこれ十七年前に遡る。


 きっかけは葵、通称アオの私へのアプローチだった。


「なぁ。俺と将来、結婚してよ」

「え?」


 今思えば、子供の頃によくあるやつだ。

 ごっこ遊びの延長線。短絡的で、将来性のないもの。


 だけど、子供だった私はその言葉に胸をときめかせた。


「大人になったら俺と結婚しよう」

「うん!」


 その時から、私はずっとアオの事が好きだった。


 成長すれば幼かった頃の恋心が消えていくこともある。

 しかし、私の場合、消えなかった。

 どんどん大きくなっていって、アオと一緒に過ごす時間が少なくなっても、私はずっとアオの事が好きで、ずっとアオの事ばかり見ていた。


「アオ」


 私たちは親同士が仲が良かったから、小学校高学年になっても遊ぶ機会はたまにだけどあった。

 そんな時、私はいつも軽く「好きだよ」と言っていた。

 本気だったけど、本気とは取られない告白だった。


「俺も好きだよ」


 私が好きと言うとアオもいつもそう返した。

 でも、その好きと私の言う好きとでは違うと言うのは分かっていた。


「秋花って面白いし、飽きねぇんだよな。美人じゃないから見飽きないし」

「何それ、侮辱?」

「冗談だよ、じょうだ……わ! おい、悪かったから砂かけんなって!」


 それでも良かった。一緒にいられれば。


 でも、まさか私が転校することになるなんて、思ってもみなかった。

 私は結局、アオに本当の気持ちを伝えずに住み慣れた町を離れた。


「じゃあ、またね」

「またな」


 そんな、何の保証もない再会の約束だけして。


 こうして私の初恋は、失恋と言う結果で終わりを告げた。

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