14.この気持ちは何?⑥
「しろちゃん! 大丈夫!? 早く冷やし……」
如月さんが若干青ざめた顔で声を上げる。
火傷した右手がじんじんと痛い。でも、今は仕事中。
「すみません。大したことないのでだいじょうぶで……わっ!」
私は笑顔を作って鮭の無事を確認しようとした。
しかし、それは店長に阻まれ、叶わなかった。
店長は素早い動きで私の右腕を取り、強引に私を洗い場まで引っ張っていく。
「店長、鮭が焦げ……」
「鮭なんていい! 早く冷やす!!」
洗い場に着くと店長は水を勢いよく出し、私の右手をその中に突っ込んだ。
「冷たいけど少しだけ我慢しろよ」
店長はそういうけれど、店長が握っている私の右手は熱を帯びて熱い。
「店長……もう大丈夫ですから……」
「女の子なんだから、痕が残らないようにしっかり冷やさないとダメだろ」
耳に温かい吐息が当たる。
横を見ると、少し焦っているような表情の店長がいた。
そういえばさっきから少し口調が崩れている。焦っている証拠なのだろうか。
──店長……。
迷惑を掛けて申し訳ないと思っているのに、女の子なんだから、というさりげない言葉と店長が心配してくれている事が少し嬉しくなった。
「見せて」
店長は一旦水を止め、私の右手を凝視する。
右手の甲は少し赤くなっていた。
「酷くはないみたいだな。良かった」
店長のほっとしたような笑顔に、私の心臓はドクンと脈を打った。
ドキドキしすぎて心臓のみならず、体も壊れてしまいそうだ。
「酷くはないけど一応、手当てはしておこう。おいで」
そう言って店長は事務所に入っていく。
如月さんに申し訳ないという想いを込めてお辞儀をしてからその後に続いていくと、店長は救急箱をまさぐっていた。
「手、出して」
私が右手を差し出すと店長は救急箱から軟膏を取り出し、それを火傷した痕に丁寧に塗ってくれる。
もう火傷の熱は取れている筈なのに触れられた部分が熱い。
軟膏を塗り終えると、次はこれまた丁寧に包帯を巻いてくれる。
「これで大丈夫だと思うけど」
「あ、ありがとうございます」
「気を付けてね。商品がどうこうなるのはいいけど、城田さんが怪我しちゃったら大変だから」
その一言に、またドキリと心臓が大きく揺さぶられる。
店長はきっと深い意味なんて考えずに言っているのだろうが……やはり、嬉しいものは嬉しい。
「は、はい……! すみません」
「じゃ、今日はもう水使えないし、あとはカウンターに入っててね。厨房の仕事は俺が代わるから」
店長はそう言って事務所から厨房に出て行こうとした。
それを私は引き留めた。
「店長……!」
「ん? 何? 痛む??」
私は勇気を出して頭を下げた。
「あの、色々嫌味言っちゃってすみませんでした!」
きっと、店長は優しいだけなのだ。あの女の子達にしっかり笑顔で対応したのも、あの子達を無闇に傷付けないためだったのかも知れない。
それなのに、私は……。
「……何の事か分からないけど、気にしなくていいよ」
店長は忘れている筈無いのに、すっとぼけて見せた。
その優しさにまた胸が鳴った。
***
「……で、自分の気持ちは分かったの?」
仕事終わり、如月さんがエプロンを外しながら私に訊いた。
ちなみに、私が心配していた鮭は如月さんが代わりに見ていてくれたようで無事に焦げ鮭にはならず、綺麗な焼き鮭になっていた。
私は如月さんの言葉に静かに頷いた。
「はい。私は……」
もう、気付いてないフリなんて出来ない。
誤魔化すことも出来ない。
私は──……。
「店長の事が、好きです」
「……やーっと気付いたか。いや、素直になったと言うべき?」
「それにしても長かったね。どんだけ鈍感なのって思ってた!」
「でも良かった良かった。米倉さんも鈍感そうだし大変だと思うけど、頑張ってね」
「そうそう。応援するよ!」
如月さんと三谷さんが口々に応援の言葉を掛けてくれる。
それが私は嬉しかった。
「ありがとうございます」
私は二人に向かって笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます