13.この気持ちは何?⑤
十分に熱した中華鍋に肉を投入すると、ジュウウ……といういい音がする。
「……それだけじゃない、とは?」
「しろちゃん、何かモヤモヤしてない?」
「モヤモヤ……」
店長が着信音を鳴り響かせながら厨房を通って事務所に行くのが横目に見えた。
私は少し考えた後、
「……します」と素直に答えた。
「何でモヤモヤすると思う?」
「……分かりません。分からないんです」
「何でなのか、考えてみなよ。そこに答えはあるから」
肉に火が通った所で、野菜を投入する。
如月さんの言う通り考えてみる。
私はどうしてこんなにモヤモヤしているのか。
野菜にも火が通ったらタレを入れて、具材を絡ませる。
絡ませながら考えて、考えて。
でも、回鍋肉が完成して容器に盛り付けて如月さんがよそったご飯と一緒にしてカウンターにいる三谷さんに渡しても、私にはどうしても分からなかった。
「……何でこんなにモヤモヤするのか、考えても分からないんです」
私はフライパンを水に付けながら話の続きをした。
「こんなの、初めてです。私は確かに他のお客様に迷惑を掛けるような人は嫌いです。でも、あんな風にイライラしたり、ましてやモヤモヤした事はありませんでした」
「じゃあ、いつもと違うところは何だった? 誰がいて、何の話をしてた?」
「店長と女の子達がいて、店長がお誘いを受けてました」
如月さんの質問に答えていく度に、私の心の中は整理されていく。
「それがモヤモヤの原因?」
「……多分、そうです」
「じゃあ多分しろちゃん、その感情の名前を知らないと思うから教えてあげるよ」
カウンターからあったか弁当の注文が飛んでくる。
如月さんはそれに「はーい!」と返事をしてから、言葉を続けた。
「それはね、嫉妬、って言うんだよ」
「嫉妬……」
「そう。ヤキモチ、ってやつだね」
如月さんは話ながら揚げ場に行き、小さなカツ用のお肉とエビフライをフライヤーの中に突っ込んだ。
私も手を止めている訳にもいかないので、フライパンを取りだし、鮭を焼いていく。
──ヤキモチ……か。
私が、店長に、ヤキモチ?
「ヤキモチって……何で焼くんですか? お腹が空いてるからですか?」
「お腹が空いてるときに焼くのは焼き餅。ヤキモチ、嫉妬をするのはね、その人の事が好きだからだよ」
「あの女の子達のことをですか?」
「信じられないからって百合展開にしないの。米倉さんの事を、だよ」
如月さんはお弁当容器に私が今朝作ったきんぴら牛蒡とひじき煮を詰めていく。
私は鮭をひっくり返し、焼き加減を見る。
うん、いい色だ。
「私が、店長をですか……」
「そ。しろちゃんは、女の子達に誘われてるのを見て嫌だって思ったんじゃない? だからこそ、女の子達に対して怒った。満更でもない感じで笑ってる米倉さんに対しても、ね」
如月さんの言葉は不思議と私の胸の中にストンと落ちてきた。
そうだ。私は嫌だったんだ。
女の子達に囲まれて笑顔を向けている店長を見ることが。
「もう分かったでしょ? 自分のキモチ」
私は、自分の心の声に耳を向けた。
でも、もう聞くまでもなかった。
──そうか。そうだったのか。
私は、店長の事が──……。
「好き、なのか……」
「何を?」
「そりゃ……って、え?」
私は声が如月さんのそれではないと気付き、振り返った。
そこにいたのは、件の当事者が一人だった。
……。
「わぁぁ!!」
私は驚き、厨房内ということも忘れて後ずさりをした。
ただでさえ狭い厨房で後ずさりをすれば、何かにぶつかるのは当然だ。
それが鮭焼き中の熱いフライパンだったのは、運が悪かったのか、私がドジなだけなのか……。
「あつっ!」
私は右手に痛いくらいの熱さを感じ、思わず声を上げた。
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