10.この気持ちは何?②
私は帰路をトボトボと歩いていた。
如月さんや三谷さんの言葉が頭の中でリフレインする。
──私の、気持ち……か。
そもそも、私の気持ちって何だろう?
私は私の気持ちに素直に生きているつもりだ。
きっと如月さんと三谷さんが言いたいのは「店長の事が好きなんでしょ」ということだろう。
でも、きっと、それは違う。
だって、もし仮に私が本当に店長の事が好きなのだとしたら、店長の好きなところを答えられるはずだ。
だけどもし今、店長の好きなところを聞かれたとしたら──私は答えられない。
顔? お金持ちなところ?
そんなの動機が不純すぎるし、何より店長に申し訳ない。
「違う。絶対に違う」
──本当に?
「違うって。そもそも私店長の事をよく知らないし……」
──それが本当の私の気持ち?
「そうだよ。私は……」
店長の事なんか、嫌いだ。
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次の日、私はぼうっとした頭のまま出勤をした。
昨夜は全然眠ることが出来なかった。
──眠たい。
私は欠伸を噛み殺しながら事務所のドアを開けた。
「おはよう」
中に入ると、いつも通り店長がそこにいて、声を掛けてくれる。
「おはようございます」
「どうした? 元気ないじゃん」
「そ、そうですか? いつも通りですよ」
「嘘。目の下に隈があるよ」
「へぇっ!?」
店長の言葉に驚いて咄嗟に手を目の下に当てる。
それを見て店長が「くくくっ」と笑った。
「嘘だよ。何となく眠そうだったからそう言っただけ」
「う、嘘って……もうっ!」
私がぽかっと肩を叩くと、店長は「ごめんごめん」と笑う。
朝のいつも通りのやり取り。
それにどこかほっとしている私がいた。
──ほらね。店長の事が好きだなんて……そんな訳ないんだよ。
その時、バァン!とドアが開け放たれ、それと同時に
「おっはようございまーす!」
という三谷さんの大きな声が飛び込んできた。
「わぁぁ!?」
蚤の心臓たる私の心臓は当然飛びはね、それが体にも出た。
驚いた私は足を滑らせ、そして──……。
「いた……くない?」
気がつけば温かい何かに体を受け止められていた。
「城田さん、大丈夫?」
頭の真上から降ってくる声。
私が抱き止めてくれた温かい物の正体──店長の腕に抱き止められているという事実に気が付くのにそんなに時間はかからなかった。
「にぁぁぁっ!」
私は変な悲鳴を上げながら店長の胸を逃れた。
それに店長が笑い声を上げる。
「何その面白い悲鳴。ていうか逃げんでも……」
しかし今の私の耳にはそんな店長の笑い声も言葉も届かない。
──い、今……店長の腕に抱き締められてたよね……私。
店長の腕、結構筋肉しっかりしてたなぁ……じゃなくて!
「す、すみませんでしたぁぁ!」
私は後退りながら頭を下げる。
「いいって。事故だし……」
「然しながら、私なんぞが店長にお手を煩わせただけではなく、そのお腕を拝借してしまった訳でして、それはそれはもう死罪に値すべき事態で存じます候……」
「いや、何言ってんの!?」
私にも最早何を言っているのか分からなかった。
心臓がバクバクと音を立て、張り裂けそうなくらい痛い。
全身の血が頭に集まってしまったのではないかというくらい頭と顔が熱い。クラクラする。
「わ、私、表の掃除をしてきます」
「あ、城田さん、」
私はエプロンを着け、箒を持ってそそくさと事務所を出た。
熱い顔に当たる初秋の風。
一ヶ月ほど前の夏の暑さに比べたら随分と涼しくなったな、と思った。
先程の出来事全てを忘れ去るようと私は箒を動かす。
でも、ふとしたときに思い出してしまう。
店長の香りや腕の感触、その温もりを──……。
「あぁぁぁ!!」
私の渾身の叫びに、近くにいた烏が驚いてバサバサっと飛び去った。
忘れる手段に掃除を選んだのは間違いだったようだ。
単純な作業なだけに、頭に色々な事が渦巻いてしまう。
そんな却ってゴチャゴチャになってしまった私の心の中とは逆に、店の前は信じられないくらい綺麗になった。
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