8.こんなの恋なんかじゃない③

「城田さん、体調悪い?大丈夫?」

「大丈夫です。元気そのものです」 


 特に心臓は、と心の中で付け足す。

 性格に難アリとはいえイケメンがこんなに至近距離で座っていたら誰だってこの気持ちが分かる筈だ。

 イケメンは凶器なのかも知れない、なんてまたおかしな事を考え始めたところで私の目の前にラーメンが運ばれてきた。


「白ラーメンです!」

「わ、美味しそう!!」


 真っ白なスープの中に浸かる、白くて細い麺。

 そこから立ち上がる白い煙──……。


 見ただけで美味しいのが分かる。


「いただきますっ!」


 早速割り箸を割って麺を啜ると、豚骨スープによく合う固めの麺が口に入ってくる。

 麺にスープがよく絡んでいて噛む度に美味しさが口一杯に広がる。

 蓮華でスープを掬って飲んでみると、豚骨なのにドロドロしておらず、あっさりしている。

 私好みだ。

 私は隣に店長がいることも忘れて、無心でラーメンを食べ進めた。

 それくらい、本当に美味しい。


「ごちそーさまでしたっ!」


 私は最後のスープ一滴まで飲み干し、手をパンっと合わせた。

 そこで、店長がクスクスと笑っているのに漸く気がついた。


「な、何で笑ってるんですか……!?」

「いや、だって……あははっ」


 端正な顔がクシャッと笑う。

 何で笑われているのか分からないけれど……店長が笑ってくれたならいいや、と思った。


「城田さん、気に入ってくれたみたいで良かった」

「はい、すっごく美味しかったです!」

「それは良かった」


 店長は替え玉を自分の器に投入しながら「もうちょっとだけ待っててね」と言った。

 よく見ると、店長の隣には替え玉用の皿が既に三皿積まれている。


 ──これで四皿目とか……めっちゃ食べるな……。


 店長を待っている間暇なので、先程まで全く目に入っていなかった店長の食べる様を見てみることにした。

 店長のラーメンのスープは何故か黒い。


 ──何が入っているんだろう……イカスミ?それか、いっそ炭?


 私が店長のラーメンについて考えている間に店長はその麺を口の幅くらいまで取って、そのまま「ズズズッ!」と啜る。

 食べ方が豪快で、見ていて凄く気持ちがいい。


「……そんなに見ないでよ。緊張するじゃん」

「あ、すみません」


 店長に諌められ、私はメニューを手に取った。

 そこに、私が食べた白いラーメンの横に件の黒いラーメンの写真が載っていた。

 店長が食べているのは黒ラーメンというものらしい。

 入っているのは焦がしニンニク麻辣か……これはこれで美味しそう。



 店からもそう遠くなさそうだし、また食べに来よう。と思ったところで

「ごちそーさまでした。あー、食った食った!」

店長が箸を置いた。


「本当、凄い食べますねぇ」

「腹八分目!」

「嘘でしょ!?」


 会計は、宣言通り店長が支払ってくれた。

 私も美味しいものを教えてもらった上に奢って貰うのも気が引けるので払うと申し出たのだが、「ここは男に花を持たせてよ」と言われてしまっては断ることが出来なかった。


「ごちそうさまでした。ありがとうございました」

「どういたしまして。で、城田さん、家どこ?送るよ」

「いや、いいですよ!歩いて帰ります!」

「いいから。ほら、車に乗って」


 その上店長はきっちり、私を家まで送ってくれた。

 まさに至り尽くせりだ。


「今日は本当にありがとうございました」


 私が車から降り、礼を言うと店長は「いいよいいよ」と手を振った。


「俺も城田さんと飯食えて嬉しかったし。またどっか行こうね」


 そう言って、店長はまたクシャリと笑った。

 それにまた心臓が暴れだす。

 自分の心音がとてつもなく煩い。


 ──もしかして、まさかこれって……心臓発作?


 私は近々死ぬのかも知れない……。


「じゃあね」

「あ、はい。また!」


 走り出した店長の車をじっと見送る。

 小さくなっていく店長の車に、何故か心細さを感じた。

 まぁ、さっきまで人といたのに一人になるという事には心細さが付きまとうものだ。


 私はそう自分で納得して、店長の車が曲がっていくのを見届けてからアパートの階段を登った。

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