6.こんなの恋なんかじゃない①
次の日。
「おはようございまーす」
「あ、おはよ。今日は寝坊しなかったんだ?」
昨日とは違い寝坊しなかった私が出勤すると、昨日と同じように店長がパソコンの前に座っていた。
「昨日は偶々ですっ!」
「本当に? ……寝癖付いてるけど」
「えっ! 嘘!?」
慌てて頭を触ると、店長が声を上げて笑った。
「嘘だよ」
「え!?」
「揶揄っただけ。真に受けちゃうとか、城田さん可愛いなー」
──か、可愛いって……!
「か、揶揄いに揶揄いを被せるのはやめてください!!」
「事実だし」
「だから、やめてくださいって!」
私はニコニコと笑顔を浮かべる店長から顔を背けた。
心臓がドクドクと早鐘を打っているのが分かる。
可愛いとかいつも普通に言われてることで冗談だと分かり切っているのに……おかしいな。
──絶対、昨日の如月さんと三谷さんのせいだ。
後で訴えてやるぅぅ……。
「城田さん」
「ひゃいっ!」
噛んだ。
「ひゃいっ!って。そんなに驚かないでも」
「す、すみません!考え事してて……」
「へぇ~……どんな?」
「へ?」
「何考えてたの?」
「え、えっとぉー……」
──どうしよう。
まさか、素直に「昨日如月さん達に店長好きでしょとか言われたせいで店長を意識しちゃってるのでそれを心の中で恨んでました!」なんて言えるわけがない。
悩んだ末に出した答えが
「晩御飯!何しようかなって思って!」
だった。
だから
「食い意地張りすぎか」と笑われても自業自得だ。
うん、そうだと思っておこう。
──あぁ、もう恥ずかしすぎる!!
穴があったら入りたい。
「で、今日の晩御飯決まってないの?」
「は、はい」
「んじゃさ、今日メシ一緒に行かない?奢るよ」
「あ、はい……って、えぇ!?」
まさかのお誘いに変な声が出てしまった。
いけない、今日の私はおかしいことばかりしてる。
挙動不審デーだ。
「行かないの?」
「え、あ……い、行きます!」
「そう?良かった。じゃ、何食べたいか決めておいてね」
「はい!」
店長とご飯なんて初めてだ。
しかも奢りなんて……何を食べさせてくれるんだろう。
そんな事を考えながら私は上機嫌でエプロンを装着した。
**********************************************
***
その様子を、私──如月由良と私の後輩で友人の三谷咲はドアの隙間から覗き見していた。
私はドアをそっと閉じると、「はぁ~……」と溜め息をついた。原因は鈍感な私の後輩、ただ一人。
「……しろちゃん、絶対に米倉さんの事好きよね?」
隣に立つ咲ちゃんにそう同意を求めると、
「あの喜びようは間違いないと思います」
咲ちゃんも迷わずに首を縦に振った。
ということは、私の盛大なる勘違いという訳でもなさそうだ。
そうなると問題は……。
「問題はその感情にしろちゃん自身が気付いていないということよね……」
私は思わず頭を抱えた。
三十年と少し生きてそこそこ人生の経験を積み、色んな人を見てきたが、あそこまで自分の気持ちに鈍感な人は見たことがない。
「どうやって気づかせるかなぁ」
「アキちゃんの場合、恋というものを知らなさそうですよね」
「それな。まずそれを教えることが先決か……」
それにしたって、と私はまたドアを開けた。
そこには私の後輩──しろちゃんこと城田秋花の姿があった。
しろちゃんは鼻唄を歌いながら上機嫌で仕事の準備をしていた。
誰がどう見たって、あれは好きな人に食事を誘われて浮かれている人だ。
何故本人がそれに気付かないのか……。
いや、もしかしたら気付かないようにしているのかもしれない。しろちゃんの事だから天然の可能性も大いにあるけど。
私はまたひとつ、ため息を吐いた。
「……あの鈍感ちゃんには手が焼けそうだな……」
そんな私の呟きは勿論、しろちゃんに届くことなく消えた。
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