5.あったか屋の愉快な面々⑤


「では、お先に失礼します!」

「あとよろしくね~!」

「おつ~!」

「はい、お疲れ様でした!」

「うス!お疲れ様です!」

「っさまっした~」


 15時。

 夕方勤務メンバーに挨拶をして退勤。


 事務所に行くと、店長がタバコを吸いながらパソコンを弄っていた。


 ──……あ、これ、もしかしたら……。


「お疲れ様です」


 私が挨拶をすると、店長はパソコンから目を離すこともなく「うん」とだけ答える。


 ──やっぱり……。


「わ、米倉さん機嫌悪」


 隣にいた三谷さんも気づき、私に耳打ちしてきた。


「よくあることなんで、私はもう慣れました……」

「私は慣れんわぁ……」


 店長に聞かれないようにコソコソ喋りながら帰り支度をする。


「では、お先に失礼します」


 帰り際、一応挨拶をしてみたけれど、「おつ」と言うだけでこちらを見ようともしない。


 これが店長の悪いところだ。

 機嫌の良し悪しの差が激すぎる。

 しかも、原因が一切分からない。


 ──折角イケメンなのに……勿体無い。


 しかしまぁ、今日は一段と機嫌が悪い気がする。


 ──どうしたんだろう……余程の何かがあったのかな。


「しろちゃん、帰ろ」

「あ、はい!」


 私と如月さんと三谷さんは店長を刺激しないように気を付けながら店を出た。




「……何で私達がこんなに気を遣わないといけないわけ?」


 店を出るなり、如月さんがぼやく。


「今日は本当に機嫌悪かったね」

「何があったのか知らないけど、やめてほしいですよね」


 三谷さんと如月さんが話しているのを尻目に、私は事務所に繋がるドアを見つめた。


 ──何があったのか気になるなぁ……。


「ま、どうでもいいけどね。関係ないし」

「そうですね。……アキちゃん?どうしたの?」

「えっ、あぁ……何でもないですよ」


 声を掛けられ、事務所のドアから目を逸らす。



「……しろちゃん、あまり気にしない方がいいよ。」

「えぇ、わかってます。でも、もしかしたら私が不快にさせちゃったんじゃないかと思って……」


 私がそう言うと、如月さんのデコピンが額に飛んできた。


「痛っ!」

「それ。しろちゃんの悪い癖。何でもかんでも自分のせいかもとか思わないの。米倉さんが機嫌が悪くなる前、しろちゃんは米倉さんの側にいなかったでしょ?しろちゃんが原因なわけないよ」

「そうそう。店長は北川くんが苦手でしょ?きっとそれでだよ。気にしない方がいいって」

「そ、そうですかね……」


 そう言われても、私はの思考はどうしてもマイナスな方向へといってしまう。

 如月さんも言っているが、悪い癖だと自分でも思う。


「特に店長の事になると酷すぎ。大好きなのは分かるけどさ……」


 吹いた。


「だ、だだっ、大好きって!? 誰が!? 誰を!?」

「しろちゃんが、米倉さんを。……え、違うの?」


 如月さんはそう不思議そうな顔をするけれど……。


「違いますっ! あんな気分屋、好きになるわけ……っ!」

「本当に? 私はてっきり好きなんだと思ってたけど」

「私もそう思ってました」

「三谷さんまで……! 断じて違いますからっ!」

「なら、好きになっちゃえばいいのに。しろちゃん、今フリーでしょ?」


 また吹いた。


「なりませんっ!」

「えー、お似合いだと思うけどなぁ~。ねぇ、咲ちゃん」

「ですよねー、如月さん」

「もう! 二人して揶揄わないで下さい!!」


 私が怒っても二人は何処吹く風。


「ま、付き合う日が楽しみね」

「ですね」


 なんて言い続ける始末。


「好きになんてなりませんからぁぁ!」


 私の心の叫びが夕方の空に響き渡った。

 

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